気体的・液体的な運動・行動について
1992-2005 大塚いわお



人間行動への気体的・液体的さの視点の導入は、今までほとんど接点のなかった、人々の対人・社会行動と、分子や物体運動に関する物理学とを結びつける効果をもたらす。

要するに、気体的・液体的な人~物体~分子といったサイズの異なる各粒子は、粒子のサイズが違っていても、気体的な場合、液体的な場合とで、それぞれ共通の行動・運動様式を持っていることを示すことができるのである。

各粒子の動きが、気体分子の運動パターンと同じ場合は、人間には、粒子の動きが、分子~人間まで共通に、気体的に感じられる。

一方、各粒子の動きが、液体分子の運動パターンと同じ場合は、人間には、粒子の動きが、分子~人間まで共通に、液体的に感じられる。

(注)上記のアイデアを筆者が最初に思いついたのは、1992年頃です。1992年当時の考えをまとめた「気体、液体型行動様式」のページへのリンクです。


気体・液体分子運動パターンの実例へのリンクです(シミュレーションプログラムは、筆者ではなく、他のその道に詳しい方の作品です)。


(注)上記の、液体・気体分子運動パターンという言い方を、より簡略化して呼びやすく、覚えやすくする必要がある。

以下では、気体分子運動パターンは、気体的な(Gas)感覚を与えるため、頭文字のDを取って、タイプGと呼ぶことにする。

一方、液体分子運動パターンは、液体的な(Liquid)感覚を与えるため、頭文字のWを取って、タイプLと呼ぶことにする。

こう略すことで、例えば、液体分子群や、日本人の行動様式が共通の「タイプL」に沿っており、気体分子群や、欧米の人々の行動様式は共通の「タイプG」に沿っている、などと簡便に表現することができる。


上記の気体分子運動パターン(タイプG)、液体分子運動パターン(タイプL)は、言葉で言い表すならば、以下のような単語~短文で表現できると考えられる。
分析視点 タイプL タイプG
(1)近づき くっつく。近づく。 サラリと離れる。離反する。
(2)つながり 連続する。つながる。癒着する。 (関係を)切断する。
(3)着床 付く。粘着する。 はがれる。
(4)まとわりつき まとわりつく。なつく。 別れる。
(5)集合 集まる。密度が高い。 散る。密度が低い。
(6)一つ 一体・融合化する。一つになる。 バラバラである。互いに独立している。
(7)同じ 同じである。 違う。別の途を歩む。
(8)速度 ゆっくりである。 速い。
液体分子運動。
つきたての餅。
気体分子運動。
シリカゲルの粒、ビー玉。



ここで、気体、液体分子運動パターンに従った粒子の動きは、従来の社会学や心理学における概念表現に合わせるならば、それぞれ、

液体分子(液体的)
=タイプL
気体分子(気体的)
=タイプG
集団主義 個人主義
規制主義 自由主義
反プライバシー プライバシー尊重
・・・ ・・・

といったように表せる。より詳細には、以下のリンクを参照されたい。

気体的(気体的)・液体的(液体的)な分子・粒子の運動パターンを整理した表へのリンクです。


上記気体・液体の分子運動を、人間の行動に直して捉えたものとしては、以下のリンクを参照されたい。

分子~人間に共通な、粒子の行動パターンを、人間個人の性格として整理した表へのリンクです。

このことから、気体・液体分子運動シミュレーションと相似の方法によって、気体的な社会、液体的な社会の人々の行動を、コンピュータでシミュレートできる、と言える。

例えば、日本、東アジアの人たちが液体的で、欧米の人たちが気体的だというのは、農耕、女性主体の、日本、東アジア社会の人たちの行動様式が、本質的に液体分子運動に似ており、一方、遊牧・牧畜、男性主体の、欧米社会の人たちの行動様式が、気体分子運動に似ていることを示している。

遊牧・牧畜、男性中心の欧米社会は、(人々の動きが)空気のような気体に近く、気体分子運動(タイプG)でシミュレートでき、「気体型社会」と呼べる。農耕、女性中心の日本、東アジア社会は、(人々の動きが)水滴のような液体に近く、液体分子運動(タイプL)でシミュレートでき、「液体型社会」と呼べる。

このように、気体的・液体的さの視点を世界の社会文化の分析へと導入することは、物理学で発達している物体の動きをコンピュータでシミュレートするノウハウを、そのまま社会学、心理学で生かせるようになる効果をもたらし、社会学、心理学の発展に寄与する度合いが大きいと言える。


気体的・液体的な物体(分子を含む)~人に共通する運動・行動パターンについて、以下の図にまとめた。






気体的・液体的さの分子~物体~人間レベルの間の相互関連についてのより詳しい説明は、以下の通りである。


1 気体・液体分子運動パターンの説明

人間のどのような行動様式が、なぜ気体的・液体的な対人感覚を生むかについては、まず、本来人間に気体的・液体的な感覚の相違を与える、物理的な気体・ 液体の性質の相違を生み出すメカニズムを、改めて確認する必要がある。気体的な感覚を与えるのが、気体で、液体的な感覚を与えるのが、液体である。両者 の相違を見るには、視点が、分子レベルまで小さくなる必要がある。

具体的に気体分子と液体分子の、両者の相違を生み出しているのは、
[1]運動エネルギーの大きさ(動きの度合い)の違い
液体では、動き回る度合い(運動エネルギー)が小さい(あまり動き回らない)。
気体では、動き回る度合い(運動エネルギー)が大きい(よく動き回る)。
[2]「分子間力」の働く度合いの違い
液体では、分子同士の間に、互いの距離を縮めて、互いに引き付け合い、くっつき合い、足を引っ張り合ったり、牽制し合う、「分子間力」という引力が、大き く働いている
気体では、分子同士の間に、上記の、互いに相手と近づき、引きつけ合う「分子間力」が、ほとんど働いていない
である。
 「分子間力」の働く度合いが、液体で大きく、気体で小さいのは、
(1)液体分子では、運動エネルギーが小さいため、もともと分子間に存在する、相互に引きつけ、くっつき、牽制し合う力(分子間力)を振り切って動き回る ことができず、分子間力のいいなりになっている
(2)気体分子では、動き回る度合い(運動エネルギー)が大きいため、分子間力を振り切って動き回ることができ、「分子間力」の影響から自由になっている
ためである。

 「分子間力」の働く度合いが、液体で大きく、気体で小さいのは、
(1)液体分子では、運動エネルギーが小さいため、もともと分子間に存在する、相互に近づき、引きつけ、牽制し合う力(分子間力)を振り切って動き回るこ とができず、分子間力のいいなりになっている
(2)気体分子では、動き回る度合い(運動エネルギー)が大きいため、分子間力を振り切って動き回ることができ、「分子間力」の影響から自由になっている
ためである。



2 物体一般への適用

液体の水は、指先で触れると、濡れて皮膚にくっつき、まとわりついて離れようとしない。その点、液体の水と指先との間には互いにくっついたままの状態で いようとする引力が働いていると言える。また、液体の水は指先を動かさない限り、いつまでも同じところに留まって動かない。その点、液体の水は、気体の水 蒸気などに比べて、運動・活動性が低いと言える。

そこで、さらに考えを拡張すると、物体一般において、
(1)物体(分子~人間)の、運動・活動・移動・流動性が高く、相互間に働く引力(結合力)が小さい(互いに離れる)場合、気体的である(乾いている)と 感じられる
(2)物体(分子~人間)の、運動・活動・移動・流動性が低く、相互間に働く引力(結合力)が大きい(互いに離れない)場合、液体的である(湿ってい る、濡れている)と感じられる
という法則が成立する、と推定される。

この推定が正しいことを説明するには、分子よりもずっと人間に近いサイズの物体において推定が成立することが必要となる。そうしたより人間寄りのサイズの 物体としては、例えば、海岸や河川、砂漠に分布する砂の粒や、人間(特に女性)の髪の毛、大豆を発酵させて作る納豆、溶けた糖分を冷やして固めて作った菓 子のキャンディ、より大きなものとしては、卓球用のプラスチックボールや、バレーボールなどがあげられる。

乾いた(気体的な)砂は、触っても手にくっつかずサラサラと一粒ずつバラバラに離れて落ちる(接着・粘着性がない)。また、風が吹くとそれに従ってサラサ ラと移動する(流動性がある)。これに対して、湿った、濡れた(液体的な)砂は、触ると手にくっついてそのまま離れようとしない(接着・粘着性があ る)。また、団子状にひとかたまりになって、風が吹いても動こうとしない(流動性がない)。

水に濡れた髪は、髪の毛同士がひとまとまりになってなかなかバラバラになってくれないし、風が吹いてもなびいて動こうとしない。一方、乾いた髪は、風にな びいてサラサラ・バラバラと一本ずつ個別に分離して動き、流動性がある。

納豆は、かき回すとネバネバとした糸を引いて互いに糸で接続し、くっついて一つにまとまった状態で静止しようとする。その際、一粒の豆と豆との間を引力が糸を引く形で働いており、分子間力相当の力に相当すると考えられる。

表面が溶けた(液体化した)キャンディの粒々は、指先や他のキャンディとベタベタくっついて取れない。一粒ずつ動かそうとしても、互いにくっついて動かす ことができない。

あるいは、卓球用プラスチックボールやバレーボールは、そのままでは手離れよく一つずつバラバラになって動き回るが、接着剤を表面に広く塗り付けたり、両 面粘着テープ全面に巻き付けるとベタベタ互いにくっつき、結合し合って離れず、一つずつバラバラに独立させることが難しいし、活発に動かそう、飛ばそうと してもすぐ別のところに接着してしまって動こうとしない。

この場合、こうした物体の接着・粘着性(いったんくっつくと離れようとしない性質)が、互いの間に働く引力(互いに離れずくっつき、接続し合おうとする 力)を大きくし、運動・活動・移動・流動性を奪っていると考えられる。すなわち、物体における互いにネバネバ、ベトベトと互いにくっつこうとする接着・粘 着性が、物体同士を互いに引き合わせ、動きにくくする形で、物体に液体的さをもたらすことになる。これは、例えば接着剤が長時間外部に露出し続けて溶剤 が抜けてベタベタしなくなると、乾いた、気体的になったと感じられることからも例証される。

上記の考えが正しいかどうか確認するために、web質問紙調査を、2002年4月下旬および10月上旬に実施した。調査は、対にした、物体がもたらす 感覚について説明した2つの文章のどちらがより気体的に感じられるか尋ねるもので、1質問項目当たり約200名の回答者という規模で行った。分析した結果、上記の、
(1)触るとサラサラとして手からすぐ離れる(粘り気がない)物体の方が、ベタベタくっつく(触るとネバネバしている)物体よりも、より気体的に感じられ る。ないし、互いに離れることで、間隔が開いて風通しのよい状態の物体の方が、互いにくっついて風通しの悪い状態の物体よりも、より気体的に感じられる。
(2)バラバラに自由に動き回る物体の方が、互いにくっつき合って動かない物体よりも、より気体的に感じられる。ないし、動きのある物体の方が、動かずに 停滞した状態の物体よりも、より気体的に感じられる。
ことが実際に確認された。

web 質問紙調査(確認用)結果数値へのリンクです。

以上の考えを分かりやすい言葉でまとめると、一般に、粘り気・接着力があり、互いにベタベタくっつき合って動かない物体は液体的、反対に、手からサッと 離れて、互いにサラサラと離れて動き回る物体は気体的に感じられる、と言える。

この場合、液体的な物体は、互いに他の物体とくっつき合おうとし、気体的な物体は互いに離れようとする点、両者は、物体間の相互作用、社会関係の面から見て、対照的な性格を持つと言える。

こうした、分子レベルよりもずっと大きい物体サイズの事例から、前記の分子レベルでの気体的・液体的感の範囲を物体一般に広げることが可能だと考えられる。



3 対人関係への応用

この物体一般における気体的・液体的感覚をさらに人間レベルまで拡張して捉えた場合、水のような液体、空気のような気体が、人間に対して液体的・ドラ イな感じを与えるしくみと、人間同士が、人付き合いで、互いに相手に対して、液体的・気体的な感じを与えるしくみとは、互いに共通なのではないか、と考 えられる。

すなわち、物体一般レベルで見られる、運動・移動性および引力の概念を人間に当てはめることにより、
(1)人間が、一カ所に止まってあまり動こうとせず(活発に動き回る度合いが小さく)、周囲の他者と互いに近づき、くっつき合い、離れようとしない(引力 が大きく働いている)場合、対人関係に(運動エネルギーが小さく分子間力の大きい液体分子同様)液体的な感覚が生まれる。
(2)人間が、一カ所に止まらずにあちこち移動・流動し(活発に動き回る度合いが大きく)、周囲の他者との間に互いに近づいたり、くっつき合ったりせず、 離れようとする(引力があまり働いていない)場合、対人関係に(運動エネルギーが大きく分子間力の小さい気体分子同様)気体的な感覚が生まれる。
と考えられる。

この場合、物体サイズを分子サイズから人間サイズへと揃えて眺めることにより、両者に共通して働く、物体の動き回るエネルギーを「運動エネルギー(分子レ ベル)」=「運動・活動・移動・流動性(物体~人間レベル)」、物体間で互いにくっつき、接続・結合・集合し合い、牽制・束縛し合う力を「分子間力(分子レベ ル)」=「引力、結合力(物体~人間レベル)」として、同様に捉える事が可能となる。

上の説明を一言でまとめると、活動や運動面での活発さの差、およびそれによってもたらされる、分子間力相当の引力の大小から、それぞれ液体的・気体的な 対人感覚の分化が生じる、ということになる(この説明を考案したのは1991~1992年頃、当時の資料へのリン クはこちら)。

この場合、人間においては、物理的な肉体による活動・運動や身体同士の引っ張り合いと並んで、具体的な物理運動を伴わない心理的な活動・運動や相互牽制、 接近をも同時に考える必要がある。例えば、机の前に座ったままで、知的好奇心に満たされて様々な分野の書籍を読みあさったり、いろいろ活発に物事を考えた りしている状態では、物理的には不活発だが、心理的には活発に動き回っていると捉えることができる。あるいは、物理的に離れた地点に暮らしている恋人同士 が電話によるコミュニケーションで強い心理的一体感を抱いている状態では、物理的には遠いままでも、強い心理的引力が両者の間に働いていると捉えることができる。

このように、人間の活動・運動や引力については、物理的なものと心理的なものに分けられるが、以下ではこのうち心理的な方を主に取り上げる。人間の身体の 物理的な活動・運動や身体同士の引っ張り合いは、あくまで身体内部の神経系の活動を反映した表面的なものに過ぎず、神経系の働きに基づく心理的な活動・運動や引力の方が、人間の行動をより根源的に決定していると考えるためである。

対人感覚で気体的な感覚を与える運動・活動性の実態は、人間に内在する、あちらこちらの互いに離れた地点間を活発に移動しようとする心的指向(空間移動指 向)、および、今まで行ったことのない地点・地域へも進んで拡散していこう、新天地を積極的に切り開こう(新規対象を開拓しよう)とする心的指向(拡散指 向)である。この場合、物理的居場所や心理的に興味ある分野を変えることで生活上の雰囲気を一新し、新たな刺激を得たいという欲求や、今まで出会ったこと のない未知のものごとに対する好奇心、言い換えれば(今まで~ここしばらくの間)経験したことのない新たな(新鮮な)情報に接したいという心的衝動(新規 情報受信衝動)が運動・活動性の原動力となっている。これとは反対の、一カ所に静止して動こうとしない定住・定着・不拡散指向は、運動・活動性の欠如を意 味し、対人感覚では液体的な感覚を与える。

一方、対人感覚において液体的な感覚を与える心理的な引力、結合力の実体は何であるか?それは、人間に内在する、周囲の他者と心理的に近くなろう、近い 状態でいようとする指向(心理的近接指向)である。

すなわち、(心理的に)相互に引き合うということは、互いの(心理面での)存在位置を次第に近づけていき、最終的には抱き合って一つになる(一体化する、 融合する)、そして互いにくっついて離れないということである。相手への心理的な距離を縮小していき、最終的にはゼロにしよう、接続しよう、つながろうと する指向が強いと、それが互いの間であたかも引力のように感じられ、対人感覚において液体的な感じをもたらす、といえる。

この心理的近接指向については、以下のリンクで詳細に説明している。

心理的近接と気体的・液体的さとの関連へのリンクです。


以上の説明を分かりやすい言葉でまとめると、対人関係において、
(1)心理的に相手にベタベタくっついて離れようとしない(粘着・接着・接続・結合・集合性を持った)、そして、そのまま動こうとしない(定着・定住性を持っ た)人は液体的に感じられる
(2)相手に対してあっさりとして深入りせず、すぐサラリと離れる(非粘着・非接着・切断・離散性の)、そして、あちこち活発に動き回って移動する(運動・活 動・移動・流動性を持った)人は気体的に感じられる
と言える。

この場合、粘着・接着力は、互いに近づき、引きつけ合い、くっつき合うことを指向する点、引力の一形態と言える。この粘着・接着力は、また、人や物をその 場に引き止めて離さず、動けなくする非移動(活動、運動)化=定着・定住化の効果も併せて持っている。

分子にせよ、物体にせよ、人間の心理にせよ、相手にベタベタと粘着的にまとわりついて離れず、そのまま動こうとしない場合は、皆共通に液体的に感じられ、その逆は共通に気体的に感じられると言える。


4.社会的視点の必要性

気体的・液体的な性質というのは、粒子単独を見ただけでは見えてこない。複数粒子の形成する社会、個体群を見ることで初めて見えてくる。

気体的・液体的の相違は、粒子と他粒子との相互作用のあり方の違いである。互いに他粒子とくっつく、一体化する、相互束縛するのが液体的で、他粒子とバラバラに離れて自由に動くのが気体的である。

こうした性質は、粒子を複数同時に見ないと分からない性質である。その点、気体的・液体的さの検討を.行うには、粒子単独の動き、単独者の心理を見るだけではダメで、極めて社会的視点が必要なのである。

この場合、相互作用する粒子の種類やサイズは、互いに同じとは限らない。サイズに関しては、一方が極小サイズでもう片方が巨大サイズということもある。例えば、人間(巨大)の皮膚にくっつく液体の水の分子(群)(極小)が、種類とサイズが異なる例に当たる。粒子のサイズが異なっても、粒子相互の間に働く気体的・液体的な性質は観察可能である。


(c)1992-2005 大塚いわお

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