環境適応水準



人間を含む生物が、環境に適応して生存して行ける度合いを示す指標を、以下では、「環境適応水準」と名付けることにする。

人間~生物は、この環境適応水準が、一定以上だと、生存できるが、一定未満となると、死んでしまう、と考える。
 

環境適応水準の上下にしたがって、機能の質的・量的な各側面について、以下の図のような分類が可能である。

環境適応水準

人間の社会活動は、より生き延びやすくするために、環境適応水準を少なくとも一定以上、できれば、なるべく高く設定するべく、自然に対して、互いに協力しあって、様々な働きかけを行うことに集中されている。そういう意味で、人間社会の近代化は、人間の環境適応水準を向上させることと、大いに関連がある。

環境適応水準のあり方は、自然条件の違い(乾燥/湿潤、高温/低温、高地/低地、風、海・湖・川に面している/いない...)などによって、多種多様になる。

環境適応水準が高い状態の社会は、以下の性質を持つと考えられる。
 
項目 説明
1 健康性 人が死なない、病気になりにくい。生まれ、育ちやすい。生きやすい。
2 利便性 生活が不便でない(便利である)。交通・通信、市場が発達している(機能の相互交換が行いやすい)。
3 安全性 治安がよい。犯罪が起きにくい。危険がない。安心して生活できる。
4 余裕性 生活にゆとりがある。直接、環境適応と関係ない、娯楽、ゲーム、芸術などが、成長したり、受け入れられる余地がある。



●環境適応水準向上圧力=EALIP

人間を含む生物には、苛酷な環境下で、自分たちの環境適応水準を、少しでも向上させることで、より生き延びやすくなろうとする欲求ないし傾向がある。こうした、人間~生物の環境適応水準を向上させようとする、人間~生物が抱える内在的な圧力のことを、「環境適応水準向上圧力=EALIP(Environment Adaptation Level Improving Pressure)」と呼ぶことにする。

例えば、通信技術の向上を例に取って見る。1990年頃は、コンピュータを使ったデータ通信の速度は、2400bps程度が普通であった。しかし、技術者の、より高いレベルの通信速度とそれがもたらす利便性の向上(今までのような文字だけでなく、画像や音声も快適な速度で送りたい)を目指した絶え間ない技術向上の努力は、2000年頃、インターネットの世界中への爆発的な普及という形で実を結び、結果として、IT革命という、大きな社会変動をもたらした。こうした絶え間ない技術革新とそれがもたらす社会変動の原動力になったのが、技術者たちの心の中に内在する、データ通信速度の上昇がもたらすはずの、生活面での利便性向上を目指させる、言い換えれば、よりよい環境適応水準を目指させる、終わりのない欲求ないし圧力であったと考えられる。

こうした、少しでも環境適応水準を上昇させようとする、EALIP(環境適応水準向上圧力)こそが、人間~生物による、社会生成や、社会的分業(機能的分化)、社会変動を生じさせる根本的なキー原因となる。

人間は、一人では、高い水準の環境適応水準を獲得することが難しいので、社会~集団を作ることによって、他者と、機能生成を協力しあったり、生成する機能の種類を分担し合うこと(社会的分業、社会の機能的分化)によって、環境適応水準を上げようとする。また、現状の環境適応水準に満足せず、さらに高い環境適応水準を求めることが、社会の現状を変えようとする、社会変動に結びつくことになる。

このように、人間~生物に、利便性の追求など、より高い環境適応水準(生き延びやすさ)を求めるように仕向ける、人間~生物に内在する圧力が、EALIP(環境適応水準向上圧力)である。

この圧力の、生理的・心理的根拠は、どこにあるのであろうか?自分自身の、転変する環境の中での生き延びやすさ(子孫の残しやすさも含む)を求める生理ないし心理は、高度な文明を持つ人間から、単純な行動様式の微生物まで、生物に共通に持っていると考えられることから、遺伝的な起源を持つ(遺伝子に組み込まれている)であろうことは、想像できる。人間の心理においては、基底の生得的な部分から発生しているのではないだろうか?



●環境適応水準の最高化 vs 適当・適切化

環境適応水準を向上させる行為には、水準のあくなき最高化を目指すものと、水準の適当化・適切化(獲得する環境適応水準を、そこそこ満足できるレベルで止める)を目指すものがある、と考えられる。

環境適応水準の最高化を指向することは、本来環境適応に必要のない、ぜいたくな機能を得ようとするなど、機能の無駄遣い・浪費をもたらす(=逆機能的)一方、競争による機能の品質を向上させる(=正機能的)。



(c)1998-2005 大塚いわお


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