■「ドライな機能主義」の提案
-自由で自立した個人の視点から-

1998-2006 大塚いわお


[要旨]

従来の社会学における、個体、個人を包含する全体系、システムから出発する「ウェットな機能主義」に代わって、互いに分離して自由に動く、個体、個人、各粒子から出発する「ドライな機能主義」を、新たに提案する。

ドライな機能主義においては、機能は、各個体、個人、粒子の生存、持続を助ける働きとして捉えられる。ドライな機能主義においては、各個体の分離、独立、自立、自由が前提となり、各個体、個人、粒子を包み込む既存の上位体系(社会、組織、企業・・・)が、個人、個体の生存にそぐわなければ、いったん破壊、初期化して組み直す、再構成しようとする。その点、社会、組織、企業等にとっては、革命、変革指向の考え方である。


機能主義は、互いに分離して自由に動く、個体、個人、各粒子から出発するドライな見方と、個体、個人を包含する全体系、システムから出発するウェットな見方がある。

以下では、前者を、ドライな機能主義、後者をウェットな機能主義と呼ぶことにする。

ドライな機能主義においては、機能は、各個体、個人、粒子の生存、持続を助ける働きとして捉えられる。ドライな機能主義においては、各個体の分離、独立、自立、自由が前提となる。各個体、個人、粒子を包み込む既存の上位体系(社会、組織、企業・・・)は、あくまで、各個体、個人、粒子が存続するための道具、ツールに過ぎず、個人、個体の生存にそぐわなければ、いったん破壊、初期化して組み直す、再構成しようとする。その点、社会、組織、企業等にとっては、革命、変革指向の考え方である。

一方、ウェットな機能主義においては、機能は、個体を包む全体系の維持から出発する。既存体系の保守、保存がその目的となる。ウェットな機能主義は、全体から出発し、個体を全体と一体として、個体の全体への融合、埋没、歯車化、個体と全体との相互一体・調和を前提とする。この場合、体系自身が、個人とは別次元の独立した意思や動きを持つ。いわば、個人よりも全体を優先する、個人をあくまで全体を維持するために貢献する部分的存在として取り扱う、全体主義的な考え方である。また、既存体系を破壊しないように、絶えず調整・変革しようとする点、現状維持的な側面を持つ。システムの崩壊(企業の倒産)、自殺、初期化は考慮されない。

従来の社会学的機能主義や生態学的機能主義の理論のような、「ウェットな機能主義」では、機能を、(個々の人間が属する)社会や生態系システム全体の維持・存続のために必要なものとして捉える。その意味では、社会や生態系システムに個人が従属すると捉えていると言える。社会学的ないし生態学的機能主義の課題は、社会システムや生態系における相互に連関する諸要素ないし諸変数の均衡を分析することである(均衡分析)。社会学的・生態学的機能主義の最も基本的な関心は、社会システムや生態系の自己維持、または存続にある。このため、システムの維持・存続に必要な条件として「機能要件」(システムの欲求、目標)という概念を設定する。そして、機能要件がシステムの維持・存続にとって必要かつ十分であることを明示するのが、「要件分析」である。

ドライな機能主義では、機能は、(社会ではなく)あくまで個々の人間自身が自らの生命を維持・存続させるために必要なものとして捉える。社会は、環境適応水準を上げようとする個人同士が、協力しあうことによって初めて生成されたり、維持されるものである。もしも、各人にとって十分な環境適応水準が、社会を作ったことで得られなければ、個人は、その(生成した)社会を破棄・消去したり、脱退したりする自由を持つ。その点、個人は社会に従属するものではない。生き延びる主体は、あくまで個人であって社会ではないと捉える。

以下のドライな機能主義では、そうした従来の全体主義的な、社会学的、生態学的機能主義とは異なり、「機能」を、個体が環境の中で生存していくのに必要な働き、として捉える視点を、新たに提供する。すなわち、「機能」は、個体が環境との相互作用の中で、淘汰されないように自己保存をはかるために、必要とされる働きである、と見る。

ドライな機能主義は、(1)社会を構成する個々人の視点から、(2)環境との相互作用ないし環境への適応の視点から、機能主義を捉えなおそうとするものである。

機能は、人間が環境に対して一定以上の適応水準を保つために必要とされるものであるが、あくまで人間個人が生き残るために必要とするものであって、社会全体の維持のためではない、と考える。社会や組織は、人間個々人が生き残るためのあくまで手段、道具に過ぎないと考える。

ドライな機能主義 ウェットな機能主義
(1) 個人、個体、粒子の環境適応 全体システムの維持、環境適応
(2) 全体、組織の手段視
(全体、組織を、個人にとっての環境適応の手段、道具として捉える)
全体、組織の本質視
(全体、組織自体を重視する)
(3) 個人の全体からの自立、独立、自由 全体組織への個人の従属、融合、調和
全体による個人の統制
(4) 個人あっての全体
(全体は、個人にとって生き延びるための道具に過ぎない)
(全体は、個々人にとって必要なくなれば消えてなくなる)
全体あっての個人
(個人は全体の一部分、歯車に過ぎない)
(個人は全体のため犠牲となる)
(5) クリエイティブ、変革的
(個人の環境適応に役立たない現行の上位組織、社会を破壊し、新たに必要なものを作り出していく)
全体組織の現状維持と保守
タイプ 心理学的、生物学的機能主義 社会学的、生態学的機能主義




●従来の社会システム理論(T.Parsons,N.Luhmann,吉田民人....らによる)との相違点はどこか?

ドライな機能主義も、社会を、機能的に分化した、各部分が互いに依存し合う、一つのシステム、と捉える点では、従来の社会システム理論(ウェットな機能主義)と同じである。

ドライな機能主義が、従来の社会システム理論と異なるのは、視点を、個々の人間に合わせた、個人主義を取っている点にある。個人のよりよい環境適応水準を求めての動きが、社会を生成、分化、変動させる、と捉える点は、視点を最初から全体社会に置き、社会システムの分析を進める上で、個人を分析の対象としようとしない、今までの社会システム理論とは大きく異なる。
 


(c)1998-2005 大塚いわお


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