[ドライ・ウェットな態度のどちらが、国際標準(国際的に権威がある)か?]
 

現代の日本の若者が、心理テストで、自分の性格について回答する結果が、ドライであることが多いという調査結果が出ている。これは、伝統的に捉えられて来た、「日本的=ウェット」の図式とは、明らかにずれている。

日本若年層の心理テスト回答結果分析ページへのリンクです。
 

この結果については、次の2種類の解釈が考えられる。
(1)日本の若者が普段取っている態度が、本当にドライになった。国民性の大幅な変容が起きた。
(2)日本の若者が普段取っている態度は、本当はウェットなのだが、心理テストでは、ドライと答えた方が都合がよいので、ドライな方を選択した

結果を単純に信用すれば、(1)となる。しかし、 従来稲作農耕をペースとしたムラ社会的な日本社会の国民性が、わずか数十年でウェットからドライへと大幅に変わる、ということは、日本社会の仕組み(官僚主導の管理主義、内部が同質な企業・官庁共同体を指向する閉鎖指向など)が、現状でもあまり変わっていない以上、考えにくい。そこで、(2)の可能性も十分あると言える。

従来、日本人は、海外の他国が自分たちをどう捉えているか、外国の眼差しを、非常に気にする、とされている。これは、周囲の他者の目を気にする、周囲の他者の、自分に対する、視線投げかけによるプライバシー干渉を前提とした行動を取りたがるという点で、ウェットな、反プライバシー指向に当たる。外国人が書いた日本人論がよく売れるのは、このためである、ということが言われて来ている。

従来の、日本的=ウェットな心性においては、自分たちが、周囲の他国によく見られたい、思われたいとする、他国の眼差しを強く意識した態度が優勢であった。こうしたウェットな心性は、世界で主流・標準である、ないし権威あるとされる態度を取らないと、世界中から視線を浴びている中では、みっともない、恥ずかしい、とする、権威への追随を示す権威主義的な態度、ないし標準とされる態度への同調指向を生み出す。

もしも、世界標準、世界的に権威ある態度が、ドライであるならば、国際化への対応を気取る日本的=ウェットな心性の持ち主は、「ドライな態度を取らないと、国際的に恥ずかしい」「ドライな態度に、同調しよう」と考えるであろう。

従来、ドライな態度と、ウェットな態度と、どちらが、国際的に権威があるか、ないし、国際標準か、と言う点については、きちんと調査されては来なかった。しかし、現代の世界において、勢力が大きく、主流であるのが、欧米的な物の見方、考え方であり、かつ、欧米的な態度が、「ドライ」と考えられて来たことから推察して、「国際標準=ドライ」なのではないか、と予想される。

ウェットな日本人の欧米的な「ドライな」態度への追随現象は、態度の「擬似ドライ化」として捉えられる。それは、権威ある態度=「ドライな」態度だった場合に、ウェットな人間が持つ、権威ある態度、ないし周囲の皆が取っている主流的な態度への、強迫的な同調指向によって、生み出されるものである。

「擬似ドライ化」説明のページへのリンクです。

この場合、ウェットな日本人が取る態度は、見かけ上、「ドライ」な態度となる、と考えられる。それは、自分たちが本来持っている心性・傾向とは、正反対の態度に「同調」することによって、もたらされるものである。つまり、取る態度がドライでないと、格好が悪いとか、標準から外れたみっともない、と考えて、ドライな態度を取ろうとする訳である、と考えられる。

こうしたことから、「日本の若者は、本来ウェットな心性を持つにも関わらず、国際標準(国際的に権威ある)態度がドライであることから、それに権威主義的に同調し、自分が国際的にみて恥ずかしくない、ドライな態度を取っていることを示そうとして、心理テストで、ドライな態度の方を、自分の普段取っている態度である、と回答する」ことが予想される。

この仮説を検証するには、
(1)「日本の若者には、国際標準の態度が、ドライである、と捉えられている」
(2)「日本の若者が、本来ウェットな心性を持つ」
ことを明らかにする必要がある。

今回は、このうちの、(1)「国際標準の、ないし国際的に権威ある、と日本の若者によって捉えられるのは、よりドライな態度の方である」ということを検証するために、インターネット上でアンケート調査を行った。

アンケート調査は、「あなたの性格が、ドライ・ウェットのどちらか、心理テストで診断します」というWebサイトを構築し、そのサイトに診断を受けにやってくる人たちに、関所を設けて、「対になっている態度のうちどちらが、より国際的に権威があるか、ないし、国際標準か」を答えさせて、ちゃんと答えたら、その時点で初めて、本来のWebページに行ける、すなわち心理テストが受けられたり、ドライ・ウェットな態度についての説明が読めたりするような形で行った。

調査項目は、1999.5~7に調査して、有意にドライ(ウェット)と感じられたアンケート項目全体から、(原則としてZ得点5.00以上を得た)40程度の項目を、分類毎にまんべんなく抜き出したものを採用した。

回答期間は、2000.6月下旬~7月上旬であった。

[結果]

回答者総数は約200名であった。男女比はほぼ40:60で若干女性の方が多かった。年令は、10~20代だけで、全体の
ほぼ90%を占め、圧倒的に若いといえる。
 

アンケート調査結果の表(国際標準)についてのリンクです。

結果としては、

ドライ・ウェットさを示す各態度項目について、各々「より国際標準である(国際的に権威ある)」「より国際標準でない(国際的に権威がない)」という判定を下した被験者の割合が、
・「ドライ」な方を、有意な差(水準1%)で「国際標準」とした項目→90.2%(37/41)
・「ウェット」な方を、有意な差(水準1%)で「国際標準」とした項目→2.4%(1/41)

・有意な差(水準1%)がない項目→7.3%(3/41)

となり、「ドライ」な方を、有意な差(水準1%)で「国際標準(国際的に権威ある)」とした項目が、全体の90%を占め、より多かった。逆の項目は、ほとんどなかった。

結果としては、「国際的に権威ある、国際標準の態度=ドライ」という仮説は、十分支持された。

このことから、日本の若者が、心理テストにおいて、自分の性格をドライと捉えることと、日本の若者の心性が、本当は、伝統を継承したウェットなものであることとが、矛盾なく捉えることができる。すなわち、心性がウェットだからこそ、国際標準の態度がドライであった場合には、その国際標準の(ドライな)態度に、権威主義的に、ないし、強迫的に同調しようとして、自分たちが取っている態度が、本来はウェットであるにも関わらず(ないし、ウェットだからこそ)、ドライな方の選択肢を選ぶ、ということが推察できるのである。

上記の説明は、心理テストの回答結果において、日本の若い男女の性差がほとんど見られないことの説明にもつながる。
従来、女性の方が、取る態度が、男性よりもよりウェットである、という研究結果が出ている。

ドライ・ウェットな態度と、男女の性差についてのページへのリンクです。

このことから、国際標準のドライな態度には、ウェットな=権威主義的傾向の強い女性の方がより強迫的に同調するものと考えられ、その分、よりドライな方へと回答する傾向が、男性の場合より高まり、結果として、女性のもともとウェットな方に偏りがちな回答結果を、よりドライな方へと押し上げて、男女の間で差がなくなると考えられる。

上記の説明における最大の問題点は、日本の若者の心性が、ひょっとすると、本当にドライになっているのかも知れない可能性を否定できないことである。そのためには、日本の若者の心性がウェットであることを明示する、実験などによる研究結果が求められることになる。これは、今後の残された課題として、考えなければいけない。



(c)2000/07 大塚いわお

ホームページに戻る