ドライな知性、ウェットな知性


1.社会のドライ・ウェットさと、知性のあり方

ドライな社会と、ウェットな社会とでは、社会に典型的な知性のあり方、例えば、望ましいとされる研究者(学者)のあり方が、2つの異なる社会のタイプに応じて、変わってくると見られる。

筆者が、1999.5~7にかけて行った、ドライ・ウェットな性格・態度がどのようなものであるかについての調査結果からは、
ドライな性格の持ち主は、独創指向(未知の領域に進もうとする)がより強く、一方、ウェットな性格の持ち主は、前例指向(今までいた領域にとどまろうとする)がより強い、ことが判明した。

アンケート調査結果:ドライ=独創指向、ウェット=前例指向

上記の結果を、知性のあり方と関連づけて考えると、ドライな知性は、新たな分野への拡散を指向し、ウェットな知性は、前例となる知識の蓄積を指向する、と言えそうなことが分かる。

ドライな知性は、発明・発見したアイデアの斬新さで勝負するのに対して、ウェットな知性は、知識量で勝負する。

以上についてまとめると、ドライな知性は、「独創的(innovative)」であり、ウェットな知性は、「博識的(learned)」である、ということになる。


2.独創型の知性のあり方

独創型の研究者は、新規のアイデアを重んじる。独創型の知性の持ち主は、今までにない、新たな未知の分野を切り開くことに心を奪われる。

独創的な学者は、今まで誰も挑んだことのない(ないし挑んだが失敗した)方面へ、失敗したりダメージを受けたりする危険を省みず、積極的に進んでいこうとする。

そして、自分が世界で初めて生み出した成果を、自分自身のアイデンティティ、ないし(後世まで残る)生きた証とする。

独創型の研究者は、既存学説からの自己切り離しを、指向する。「自分は、既存の学説にない(既存の学説から、これだけかけ離れた)、新たな考えを見いだすことができた」ことを喜ぶ。

独創型は、既に存在する学説を当てにできない分、失敗や危険に遭遇する可能性が、次に述べる博識型に比べて、極めて多い。その点、より男性向きといえる。独創型が、知性の多勢を占める社会においては、失敗や危険に対して積極的に立ち向かっていく、男性の力が(女性に比べて)強い、とも考えられる。


3.博識型の知性のあり方

博識型の研究者は、「何でも知っている」ことを重んじる。既存の前例や学説知識についてのどんな質問にも答えられるように常に準備しており、暗記力に優れている。
彼らは既存の学説を消化・整理し、後進の者に分かりやすく紹介する。既存の互いに関連する学説同士を組み合わせて、小改良を加える。学説を自分の頭の中に、なるべく多く詳しく蓄積し、生きたデータベース(生き字引)となる。

博識型の研究者は、自己と、既存学説との一体・融合化を、指向する。
既存の学説を要領よく整理したりまとめたりする能力は、ウェット=博識型の知性の方が上である。

博識型の学者は、「よい」「優れた」と、権威ある学者たちに評価された学説のみを選別して蓄積する。
言い換えれば、自分からは、前例のない、新たな未知の学説の当否を評価しようとしない(評価する能力がない)。

そこで、以下のような既存の「権威ある」研究者たち、
1)独創型の場合は、今までに著名な業績をあげた研究者
2)博識型の場合は、新学説当否の判断材料となる前例の蓄積量のより多い、年長の研究者
の判断に従う。

博識型の知性の持ち主は、自分からは新しい学説を出さず、他人(独創型の研究者)の成果をひたすら吸収することのみに没頭する。
すなわち、独創型学者が新たに提案した学説の追試、小改良(他の学説と結びつけたり、新たに細かい学説を付け加えたり..)に明け暮れる。その点、受信一方であり、受動的である。

博識型の研究者は、独創型の研究者の最新の成果を、自らの中に取り込もう・吸収しようとして、その後をひたすらついて走ろうとする「知的追っ掛け屋」、ないし、新たに生まれた成果について、第三者的にコメントするのみの「学説評論屋」、となりやすい宿命を持つ。

博識型は、既にある学説に頼ることができる分、独創型に比べて失敗や危険が少ない。その点、より女性向きといえる。逆にいえば、博識型が、知性の多勢を占める社会では、(男性に比べて)失敗や危険をより忌み嫌う、女性の力がより強い、とも考えられる。博識型の知性は、たとえその実際の担い手が男性であっても、(研究者自身が)女性(母親)の強い影響力下で育まれたと考えるのが自然である。


4.研究者の評価のあり方について

従来の望ましい研究者像は、独創的な成果を出す研究者のみを取り上げてきた。これは、明らかにドライな社会向きの望ましさであり、ウェットな社会向けの研究者像には当てはまらない。

例えば、ノーベル賞(経済学、物理学..)は、今までにない新規の優れた業績をあげた学者に贈られるものであり、ドライな知性=独創型向けの賞である。日本のようなウェットな社会からの受賞者は少ない。

今後は、ウェットな社会向けの知性=博識型に対する賞、すなわち、いかに要領よく、既存の学説を整理し、まとめあげたかを、世界的に称賛する仕組みがあった方がよいのではないか?



(c)1999.11  大塚いわお

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