[ドライ・ウェットな態度のどちらが、よりよい(好ましい、望ましい)と考えられているか?]

2000.11-2005.6 大塚いわお


現代の日本の若者が、心理テストで、自分の性格について回答する結果が、ドライであることが多いという調査結果が出ている。これは、伝統的に捉えられて来た、「日本的=ウェット」の図式とは、明らかにずれている。

日本若年層の心理テスト回答結果分析ページへのリンクです。
 

Edwards,AL(1953)によれば、性格検査や心理テストに用いられるあらゆる項目の内容が「社会的望ましさ」の次元上に位置づけられており、社会的に望ましい内容を含むテスト項目ほど、回答者が「自分に当てはまる」と答えやすい、とされている。

日本の若者が、「ドライ」な方の項目を選択しがちなのは、性格・態度がドライであることが、「(社会的に)よりよい、好ましい、望ましい」とされているため、それに自分の姿を合わせようとしているからであり、彼らの本当の(無意識の)性格はウェットなのかも知れない、という可能性を否定できない。

そこで、「よりよい(好ましい、望ましい)、と日本の若者によって捉えられるのは、よりドライな態度の方である」ということを検証するために、インターネット上でアンケート調査を行った。

アンケート調査は、「あなたの性格が、ドライ・ウェットのどちらか、心理テストで診断します」というWebサイトを構築し、そのサイトに診断を受けにやってくる人たちに、関所を設けて、「対になっている態度のうちどちらが、よりよいか」を答えさせて、ちゃんと答えたら、その時点で初めて、本来のWebページに行ける、すなわち心理テストが受けられたり、ドライ・ウェットな態度についての説明が読めたりするような形で行った。

調査項目は、1999.5~7に調査して、有意にドライ(ウェット)と感じられたアンケート項目全体から、(原則としてZ得点5.00以上を得た)40程度の項目を、分類毎にまんべんなく抜き出したものを採用した。

回答期間は、2000.10月下旬であった。

[結果]

回答者総数は約200名であった。男女比はほぼ45:55で若干女性の方が多かった。年令は、10~20代だけで、全体の
ほぼ90%を占め、圧倒的に若いといえる。
 

アンケート調査結果の表(よりよさ・好ましさ・望ましさ)についてのリンクです。

結果としては、

ドライ・ウェットさを示す各態度項目について、各々「よりよい(好ましい、望ましい)」「よりよくない(好ましくない、望ましくない)」という判定を下した被験者の割合が、
・「ドライ」な方を、有意な差(水準1%)で「よりよい」とした項目→87.8%(36/41)
・「ウェット」な方を、有意な差(水準1%)で「よりよい」とした項目→2.4%(1/41)

・有意な差(水準1%)がない項目→9.8%(4/41)

となり、「ドライ」な方を、有意な差(水準1%)で「よりよい(好ましい、望ましい)」とした項目が、全体の90%を占め、より多かった。逆の項目は、ほとんどなかった。

結果としては、「よりよい(好ましい、望ましい)=ドライ」という仮説は、十分支持された。

この結果から考えると、心理テストで「ドライ」という判定結果を得た回答者は、「ドライな方が望ましい」から、ドライな方の選択肢を選んでいるだけで、本当はウェットなのかも知れない。その点、いかにして、「社会的望ましさ」のバイアスから自由になった、ドライ・ウェット判定心理テストを開発すれば良いか、さらなる検討が必要なように思われる。

それでは、なぜ、「ドライ」な性格・態度が、日本の若者にとって、よりよい(好ましい、望ましい)と捉えられているのであろうか?

理由としては、


(1)戦後の、アメリカ占領軍主導による、ドライな「日本国憲法」等の導入と、戦前の隣組や特高警察などを特徴とする、相互監視とプライバシー干渉、言論の自由の剥奪といったウェットな日本社会のあり方を否定する風潮の高まりにより、「ドライ=望ましい」という見方が広がった。日本の若年層は、戦前の日本について知らず、戦後日本の価値のみにさらされて育ってきたので、「ドライ=望ましい」と素直に答えたと考えられる。

(2)現代の日本社会においては、従来のウェットさの源泉となる、稲作農耕由来の共同体規制が、社会の工業化や交通通信網の発達により、解体され、社会を構成する人々のドライな「遊牧民」化が進んでいる。この日本社会のドライ化傾向が、ドライな性格・態度を社会的に望ましいものにさせている。

(3)現代の日本社会においては、従来より引き続き、先進国としての欧米社会を指向する(真似よう、追いつこうとする)傾向が強い。例えば、商品名に欧米風のカタカナ読みやアルファベットを進んで用いる、といった現象などが、この現れであると考えられる。欧米社会は、ドライと考えられているため、欧米社会に根本面で追いつく~抜き去るには、ドライな態度を取るのが望ましい、ということになる。

といった点が考えられる。

[参考文献]

Edwards,A.L. 1953 The relationship between judged desirebility of a trait and the plobability that the trait will be endowsed. Journal of Applied Psychology, 37,90-93



(c)2000.11-2005.6 大塚いわお

ホームページに戻る