ウェット・ドライさと甘辛感、鋭さと円さ


2002.11 大塚いわお


「チューハイ」のようなアルコール飲料の缶などには、味覚の段階の表示がしばしば見られる。そこには、「ドライ5-4-3-2-1スウィート」といった表示がなされており、このことから、ドライさが、スウィート(甘口)の反対の辛口に当たることが分かる。


このことから考えると、「ドライ=辛口」ならば、その反対のウェットさは、甘口に当たると想定される。この推論が正しいのではないかという証拠として、臨床心理学における「甘え」の概念が挙げられる。

[土居、1971]においては、「甘え」を、欧米では見られない日本語特有の語彙であるとしてクローズアップしている。その際、「甘え」の概念を、対人関係における一体感を前提とした幼児的な依存願望である、としている。

この場合、「相手との一体感を求める」「相手に依存しようとする」といった「甘え」を特徴づける態度は、いずれも、相手に心理的に近づいて、一体化・融合し、相互依存関係に入るといった点で、筆者が解明した、ウェットな態度の内容と合致している。

上記の結果から、「甘」という字がウェットさと関連づけられ、その反対の「辛」の字がドライさと関連づけられることは、ほぼ間違いないと考えられる。味覚面では、「ドライ=辛口」「ウェット=甘口」ということになる。

この場合、味覚と対人感覚とで、「甘い=ウェット」「辛い=ドライ」という、単一の感覚モードを超えた共通の乾湿感覚が生じていると言える。

なお、「甘さ」「辛さ」は、味覚に止まらず、刃物とか、さらには批判の切れ味の表現にも使われる。

例えば、「詰めが甘い」といった場合は、分析の刃先が丸くて、四角に切れた隅まで入り込むことができないことを示している。そうした点で、「甘さ」は、まろやかさ(円形さ)、そしてそれがもたらす、角張っていない、刃が鈍いため、対象を鋭く切断できない性質と関係があると言える。

一方、「辛口の、辛辣な批判で、人や社会を斬りまくる」といった表現があるように、「辛さ」は、ピリピリしたカミソリの刃のような切れ味や、対象を切断する分析の刃先の鋭さと関係があると言える。

こうした「辛口」「甘口」といった感覚と、ドライ・ウェットといった乾湿感覚とがなぜ、どのような仕組みで結びついているのであろうか?


例えば、対象が人間関係の場合、「甘さ」は、関係を切らずに円く収め維持する方向に向かう。それは、対人関係や縁故の維持と関連し、相手とベタベタくっついて離れないウェットな態度につながると言える。

一方、「辛さ」は、鋭い刃先で関係をバッサリ斬る方向に向かう。それは、対人関係の切断と関連し、相手からサッと離れるドライな態度につながると言える。

こうしたことから、「甘口=分析等の刃先の円やかさがもたらす、相互のつながりの非切断、維持=ウェット」、「辛口=刃先の切れ味の鋭さがもたらす、相互のつながりの切断、分離=ドライ」という相互関係がありそうなことが分かる。

味覚においても、「甘さ」は舌触りの円やかさ、「辛さ」は舌触りのピリッと切れるような鋭さと関係があるといえ、そういう点で、舌触りにおける切れ味(対象の切断能力)の有無ないし大小につながっており、「辛さ=切れる=ドライ」、「「甘さ=切れない(円い)=ウェット」とそれぞれ関連があると言える。


参考文献
土居健郎、「甘え」の構造、1971、弘文堂



(c)2002 大塚いわお

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