性格のドライ・ウェットさとアイデンティティ

2004.7 大塚いわお



アイデンティティ(identity)の概念は、もともと、心理学者のErikson,E.H.によって提唱された。
「自己同一性」と訳されることが多く、一貫した自己意識を連続して保ち続けることを指している。

欧米における個人のアイデンティティの確立は、乳児期の自他分離から起きるとされる。

自他分離が起きると、自分は他人とは違う、独立した一つの存在であり、他人から独立して、一通りの意思決定を行わなければならない。そこから、自然に、自分はこういう方向に、自分自身の判断と責任に基づいて進もうという、自立した意思が成長し、青年期にかけて確立する。

その点、個人のアイデンティティの確立には、自分と他人とを別々な、相互にバラバラに動く独立した存在として捉えようとするドライさが必須となる、と言える。

逆に、確固としたアイデンティティが確立されておらず、常に周囲の他者の動向に流されて、同調していくのは、周囲との一体・融合感を絶えず維持しようとするウェットな性格の持ち主と言える。

自ら自分を律し、自分の進行方向を自分の意思と責任で決定する精神の持ち主を、アイデンティティ確立者と呼ぶならば、そのアイデンティティの維持には、自我が他人から独立し、周囲から分離してバラバラに動くことのできるドライさが前提となると言える。

アイデンティティの概念は、欧米のようなドライな社会で成立しやすく、周囲との同調、周囲への埋没を絶えず求められる日本や東アジアのようなウェットな社会では、成立しにくいと言える。

アイデンティティの概念が欧米由来のものであり、日本に未だにしっくり来る訳語がないのも、日本のようなウェットな雰囲気の社会では、確固たるアイデンティティが確立した個人が存在しなかった(しにくかった)証拠であると言える。


(c)2004 大塚いわお