ドライ・ウェットさとディジタル・アナログ指向

2003.2 大塚いわお


今でこそ、音楽CDやDVDのように情報がディジタル化されて流通するのは当たり前となったが、しばらく前までは、流通の主体はLPレコードに代表されるようなアナログが主流であった。

ディジタルの世界は、物事を全て0か1かのどちらかで記録する。それは、物事を論理的な「Yes」か「No」かのどちらか一方でのみ捉えるという行き方であり、その中間のどっちつかずの態度を取ることは許されない。0か1か両者の間に深い溝があり、切断が起きている。

すなわち、ディジタル化を指向する場合、物事を0か1かの離散量で捉えることになり、それは、あたかも、物事をサラサラと動く0と1の数字からなる四角い砂粒の集まりととして見ることにつながる。このように、物事を互いにバラバラに分離した、切り離されたものとして捉えることは、そのまま相互にバラバラに離れる「離散、切断」をテーゼとするドライな物の見方につながっていく。

一方、アナログの世界では、物事を0か1かの両極端で捉えることはせず、その中間に当たる存在を許す。そうした点、非論理的な側面を持つ。こうした、物事を連続したつながりとして捉えるアナログ的な見方は、物事相互の連続、縁故、関係づけを重視することにつながる。すなわち、物事を相互に切断することなくつなげて捉えることで、相互にベタベタくっつく「接続、関係構築」をテーゼとするウェットな物の見方につながっていくと言える。

以上まとめると、「ディジタル・論理的=離散・切断=ドライ」、「アナログ・非論理的=接続・関係構築=ウェット」ということになる。

テレビ放送などに見られる情報のディジタル化は、「Yes」「No」いずれか一方のみの離散的な態度を取る論理回路から構成されるノイマン型コンピュータを使った情報処理の行われる度合いを高める方向に向かう。そうした点、情報のディジタル化やノイマン型コンピュータ利用の加速は、人間文明をドライ化する方向に導いていると言える。

一方、人間の行動を司る神経系は、神経細胞=ニューロン同士が結合、関係づけ、縁故を持つことで行動を制御するアナログなニューロコンピュータとして捉えることが可能であり、そうした点、人間の神経系はニューロン同士の相互関連・接続を基本とする、本質的にウェットな存在として捉えることができる。

このように、ディジタル化を加速させるドライな情報を、今までどおりアナログ・ウェットな人間の神経系が扱い続けるという点で、両者の間に亀裂、溝が次第に深まっていく方向に向かっていると言える。遠からぬ将来、両者の関係は深刻な調整局面に入ると考えられる。


(c)2003.2 大塚いわお

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