ドライ・ウェットさと濃淡感との関連について


(c)2002.11-2006.9 大塚いわお



一般に、「濃さ」は、一定の体積内に含まれる成分の量が多いこと、あるいは、物質が、場所を隙間なく埋める度合いが大きいことを示す。
「濃さ」の反対の感覚は、「淡さ」「薄さ」「あっさり感」であり、「汁が、淡々としてあっさりとしている」というように、一定体積に占める成分が薄い分、刺激が少なく、しつこくないことにつながる。

この濃淡の感覚と、ドライ、ウェットさとの間には、「淡い、あっさりした=ドライ」、「濃い=ウェット」という関係が成り立つと考えられる。

「果汁30%」のジュースは、「果汁70%」のジュースよりも薄いと感じられるが、これは、一定体積内において、70%のジュースの方が、30%のジュースよりも、果汁成分が沢山入っているため、より味覚面での刺激が多くなっていることを示す。このことは、濃いジュースの方が、果汁成分が、一定体積内において密集しており、存在する密度が高くなっていることを示す。

濃さと密度の高さは比例関係にある。一方、存在密度の高さと、ウェットさも、また比例関係にある。

すなわち、物体同士は、密度が高いほど、互いに近くくっつき合うウェットな関係になる。密度が高く、互いにくっついて離れない感じがウェットさを、密度が低く、互いに遠くバラバラに離れる感じがドライさに結びつく。
一方、密度が高いと濃い感じが生まれ、密度が低いと淡々とした、あっさりした感じが生まれる。

この2つの関係から、「濃厚=高密度=互いに近くくっつき合う=ウェット」に、「淡々、あっさり、薄い=低密度=遠く互いに離れた=ドライ」といったようにそれぞれ結びつくと言える。

このことを実証する実験としては、例えば、15cm平方の透明な正方形の中に、それぞれ直径1cmの中立色(黒色)の玉10個と20個を投入してランダムに配置した場合、密度の低い10個の方が、20個の方よりも、よりドライな感覚を視覚的、触覚的に与え、密度の高い20個の方が、よりウェットな感覚を与えると考えられる。

上記の考えは、2002年10月に筆者が行った、性格・態度のドライ・ウェットさに関するアンケート結果からも支持されている。次の表は、調査結果をまとめたものである(回答者約210名)。「人当たりがあっさりした」方をドライと評した回答者の割合が、「濃厚な」をドライと評した回答者の割合よりも有意に多いことが分かる。

番号項目内容
(ドライ)
-ドライ-どちらで
もない
-ドライ-項目内容
(ウェット)
-Z得点-有意
1人当たりがあっさりした86.2566.6357.109人当たりが濃厚な 11.8980.01

この知見をさらに拡張すると、人間の性格において、「癖、アクが強い=与える刺激が強い=味わいが濃厚な=ウェット」、「癖が薄い、アクがない=与える刺激が弱い=味わいがあっさりと薄い=ドライ」という関係も成り立つと考えられる。

例えば、「あの人は趣味が濃い、オタクだ」といったような場合、その人は趣味に熱中して余りにも深入り(趣味と一体化)しており、周りから偏った考えの持ち主として奇異のまなざしで見られていることを示し、「あの人は考えがあっさりとしている」といった場合、その人は、一つの考えに深入りせず、サッと離れて、次の考えに移ることを示す。

対象と一体化して離れないのがウェットで、サッと離れるのがドライであるから、人間の趣味や思想一般において、「濃い(深い)=ウェット、あっさり(淡い、薄い、浅い)=ドライ」と言えることになる。

あるいは、思想の濃さや思想に対する思い入れの深さは、そのまま思想の(一般・普通の考えの持ち主からの)偏り、癖の大きさにつながることから、「思想の偏った、癖のある、オタクな(濃い)=ウェット」、「常識的な(思想面であっさりした、癖がない)=ドライ」というという結びつきも成り立つのかも知れない。


(c)2002-2006 大塚いわお

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