日本の対人関係と「ウェット/ドライ」感覚の相関に関する検討

1993.09.30版  大塚いわお

1. 総括

 従来、日本社会において、対人関係における「ウェット」な感覚、すなわち、人情や思いやりといった感情を伴った対人感覚が、重要な価値を持つとされてきた。
 例えば日本人の国民性を扱った林[1] は、日本人は、部下の世話を親身になってする「人情課長」をより好むというデータを得ており、それが「日本人はウェットだ」という理由になっている。
 しかし、そうした対人関係が、なぜ「ウェット」な感覚をもたらすのか、はっきりした理由はまだ明らかにされてきていない。当論文では、その理由を、「日本人の行為パターンが物理的には液体に近いため」と解明した。

2. 対人関係とウェット/ドライ感覚

 「ウェット/ドライ」感覚を人間の皮膚に与える「ウェット/ドライ」な状態の区分は、自然科学である物理学の立場では、液体/気体の区分に相当する。しかし、双方の状態を区分するには、極めてミクロな分子サイズまで下りて、分子の運動エネルギーおよび分子間力、表面張力の大きさの相違を観察しなければならない。
 分子の活動パターンとその形容詞表現は、表1および図1のように整理される。
 
 
液体 気体 備考
形容詞的表現 ウェット
湿った
ドライ
乾いた
運動エネルギー 小さい 大きい 分子の動きの度合
分子間力 大きい 小さい 分子間に働く引力の度合
表面張力 大きい 小さい 分子群の内外を区別する度合

      ↑表1 分子の活動パターン分類
 

 しかし一方、対人関係において、人間自身が、他の人間に「ウェット/ドライ」感覚を与えるのも、まぎれもない事実であって、例えば、異文化間コミュニケーションや民族性に関する文献の中で、日本人/欧米人の対人関係を、各々「ウェット/ドライ」であると表現することが多い。
 対人関係が与える「ウェット/ドライ」感覚と、物体としての液体/気体の活動(分子運動)が人間に対して与える「ウェット/ドライ」感覚とは、一見かけ離れているように見えても、何かしら結びつきがあるはずである。

 そこで、対人関係が与える「ウェット/ドライ」感覚と、物理学における液体/気体が人間に対して与える「ウェット/ドライ」感覚との結びつきを考えるために、以下のような仮説を導入する。

『物体一般を、「対象」ということばで表現する。対象の大きさは、分子サイズから、人間サイズへと広きにわたるとする。それぞれの対象を、一定の大きさへと「標準化」して同じ大きさでその活動パターンを観察する。その際に見られる対象の活動パターンが、

  (1) ウェットタイプ  液体分子運動のそれに近いパターン

  (2) ドライタイプ  気体分子運動のそれに近いパターン

のどちらに当たるかによって、対象が人間に与える感覚が、「ウェット/ドライ」になる。』
 上の仮説で、標準化の尺度(対象の大きさ)を、分子サイズに設定すれば、物理的な液体/気体が「ウェット/ドライ」感覚を与えることを説明でき、人間サイズに設定すれば、「対人関係」が「ウェット/ドライ」感覚を与えることを説明できる。すなわち、仮説を仲立ちにして両感覚の結びつきを見て取れる。
 標準化の尺度を人間サイズにした場合、対象の活動パターンは、表2のように、人間の行為のあり方を示す表現としてまとめられる。
 
 
ウェットタイプ
(液体的)
ドライタイプ
(気体的)
(1) 活動エネルギー 小さい(受動性) 大きい(能動性)
1.身のこなし ゆっくりである 早い
2.(同上) 重い 軽い
3.(同上) きめ細かい 大まかである
4.人当たり やさしい 率直である
(2) 引力 大きい(集団・相互規制性) 小さい(個人・自由性)
1.人付き合い 長期にわたってくっつき合う さっと会いさっと別れる
2.(同上) 互いにもたれあうのを好む 互いに自立しているのを好む
3.行動 周りの人々に合わせる 周りの人々とは独立してする
4.(同上) 団体や集団で行う 単独で行う
(3) 表面張力 大きい(閉鎖・排他性) 小さい(開放性)
1.人付き合い 身内・外の区別にこだわる 身内・外の区別をしない
2.(同上) 余所者を排除する 余所者に門戸を開く

      ↑表2 人間の対人関係分類
 

 もし、以上述べた仮説が正しいならば、表2でまとめた対人関係を、アンケート項目にして、「この対人関係はウェットですか、ドライですか」という質問調査を行ったとき、仮説の通り、「ウェットです」「ドライです」という回答が得られるはずである。
 そこで、表2の「ウェット/ドライ」が対になった対人関係をアンケート項目にして、質問紙にまとめ、被験者??人(属性???)に提示して、「対のうち、どちらがウェット(湿っている)か」を「○」をつけてもらうかたちで回答してもらった。
 その結果、仮説の正しさを裏付けるように、表3のように、仮説で「ウェットである」とした対の方に「○」がつく割合が有意に高いことがわかった(←筆者注2000.8:ここは、説明を先に進めるために、あたかもアンケート調査をしたかのように書いてあるが、実際は、これを書いた1993年当時は、まだ調査環境が整っていなかったため、調査はやりたくてもできなかったというのが実態である)。

(筆者注2000.8:表3は省略)
 

  そこで、以下のような定式化ができることが分かった。
 (a) 対象が人間に与える乾湿感覚は、対象の大きさを一定とすれば、その物理的な活動パターンによって決まる。
  (b) 言い換えれば、あらゆる対象(分子から人間の身体まで、物体一般)は、その活動エネルギーの小ささ、その引力(分子間力など)の大きさ、その表面張力の大きさ   に正相関して、より「ウェット」な感覚を、人間に対して与える。
 この定式を、対人関係に応用して、社会心理学的に表現すれば以下のようになる。

  (c) あらゆる行為者は、その行為の受動性、集団・相互規制性、閉鎖・排他性の大きさに正相関して、より「ウェット」な感覚を、他者に対して与える。

 従来辞書によって成されてきた「ウェット」「湿る」の定義[2] は、以上述べた定式に従えば、以下のように分類しなおせる(表4)。
 
辞書定義 該当単語
(1) 活動エネルギー
〔非活動・受動性〕
静かになる
勢いがなくなる
沈む
湿る
(2) 引力
〔集団・相互規制性〕
情にもろい
思いやりがある
物事を割り切れない
ウェット
(3) 表面張力
〔閉鎖・排他性〕
(該当なし) (該当なし)

      ↑表4 辞書定義の分類
 

 例えば、「人情課長」が「ウェット」である理由は、上司が公的側面だけでなく私的側面までもべったりくっついて世話を見て(干渉して)、部下もそれを望むというような、上司─部下間の相互引力の強さ((2) に相当)が、対人関係上の「ウェットさ」を生んでいるため、と見て取れる。

 以上のように、どのような対人関係が「ウェット/ドライ」感覚をもたらすか、大まかではあるがまとめることができた。

3. 日本社会への当てはめ

 以上の結果は、社会心理学において、どういう対人関係が「ウェット/ドライ」感覚を与えるかという課題に、物理学の液体/気体分子の運動法則を「直接」あてはめ可能であること、を示している。
  例えば「日本人はウェットだ」というとき日本人の行動様式はより液体分子に近い活動パターンに従っており、日本社会全体が「液体的構造」をしていることになる。
 日本社会が、欧米社会に比べて、
 (1) 外交面で「外圧」がないとなかなか自分から動こうせず、受動的である(活動エネルギーが小さく動作が細やかである)、
 (2) 個人プレーを好まず互いに「甘え」合いながら団体で行動しようとする「集団主義」を重んずる(相互間引力が大きく互いにもたれ合いつつ足を引っ張り合う)、
 (3) 市場などが閉鎖的で余所者の入り込む余地がない(表面張力が大きくて中へ入って行けない)、
といった、上の定式に対応した特徴を持つことは、以前より繰り返し指摘されてきた[4] 。これらの特徴が、日本社会の「液体的構造」の現れ、ということになる。

 この説明の正しさを裏付けるために、表2の「ウェット/ドライ」が対になった対人関係をアンケート項目にして、質問紙にまとめ、被験者??人(属性???)に提示して、「対のうち、どちらがより日本的か」を「○」をつけてもらうかたちで回答してもらった。その結果、説明の正しさを裏付けるように、表5のように、「ウェットである」とされた対の方に「○」がつく=「より日本的である」とする割合が有意に高いことがわかった。(←筆者注2000.8:ここは、説明を先に進めるために、あたかもアンケート調査をしたかのように書いてあるが、実際は、これを書いた1993年当時は、まだ調査環境が整っていなかったため、調査はやりたくてもできなかったというのが実態である)。

(筆者注2000.8:表5は省略)
 

  以上の結果から、日本社会の「液体的構造」の現れを確かめることができたと同時に、 

(A) 社会科学的な課題に対して、物理学的なアプローチが行えること、

(B) 複雑きわまりないように見える人間の行動や社会のなりたちに、単純な物理法則に直接従った側面があること、

を示すことができた。

(参考文献)
[1]統計数理研究所(林知己夫他)「日本人の国民性」
[2]岩波書店 広辞苑、三省堂 新明解国語辞典
[4](筆者注2000.8:原文には書かれていない)



対人関係が与える感覚についてのアンケート(乾湿)

 このアンケートは、どういった対人関係が、『ドライ/ウェット(乾いた/湿った)』という感覚を与えるかを、調べるものです。

 以下に並べた10の対について、より『 ウ ェ ッ ト (湿っている、ジメジメしている)』 と感じる方の項目に、○を付けてください。

 例 対人関係が ○湿っている ─ 乾いている

 1 身のこなしが  早い  ─ ゆっくりである

  2 身のこなしが  重い  ─ 軽い

  3 身のこなしが  大まかである - きめ細かい

  4 人当たりが   やさしい ─ 率直である

  5 人付き合いは  長期にわたってくっつき合う ─ さっと会いさっと別れる

  6 人付き合いは  互いにもたれあうのを好む ─ 互いに自立しているのを好む

  7 行動は     周りの人々に合わせる ─ 周りの人々とは独立してする

  8 行動は     単独で行う  ─  団体や集団で行う

  9 人付き合いは  身内・外の区別にこだわる ─ 身内・外の区別をしない

  10 人付き合いは    余所者を排除する ─ 余所者に門戸を開く


対人関係が与える感覚についてのアンケート(日本)

 このアンケートは、どういった対人関係が、『日本的である』という感覚を与えるかを、調べるものです。

 以下に並べた10の対について、より『 日 本 的 で あ る 』 と感じる方の項目に、○を付けてください。

 例 対人関係が ○日本的である ─ アメリカ的である

 1 身のこなしが  早い  ─ ゆっくりである

  2 身のこなしが  重い  ─ 軽い

  3 身のこなしが  大まかである - きめ細かい

  4 人当たりが   やさしい ─ 率直である

  5 人付き合いは  長期にわたってくっつき合う ─ さっと会いさっと別れる

  6 人付き合いは  互いにもたれあうのを好む ─ 互いに自立しているのを好む

  7 行動は     周りの人々に合わせる ─ 周りの人々とは独立してする

  8 行動は     単独で行う  ─  団体や集団で行う

  9 人付き合いは  身内・外の区別にこだわる ─ 身内・外の区別をしない

  10 人付き合いは    余所者を排除する ─ 余所者に門戸を開く
 



アンケート項目 拡張版

 1 身のこなしが  早い  ─ ゆっくりである
 2 身のこなしが  曲線的である ─ まっすぐである
 3 人当たりが  硬い ─ 柔らかである
 4 自分がしたことの責任を 周りの人と分かち合う ─ 自分一人で取る
 5 人付き合いで さっと会いさっと別れる ─ 長期にわたってくっつき合う
 6 重要人物に会う時 紹介者を通してもらって会う ─ 紹介者なしに直接会う
 7 人付き合いで 既知の人々とずっと付き合う ─ 未知の人々に積極的に会う
 8 行動は 周りの人々に合わせる ─ 周りの人々とは独立してする
 9 行動を 団体や集団で行うのを好む ─ 単独行動を好む
10 仕事をする空間は 個室に一人を好む ─ 大部屋にみんな一緒を好む
11 上司が 仕事以外には面倒をみない ─ 仕事以外の私事にも面倒を見てくれる
12 人付き合いで
    相手のプライバシーに干渉しない ─ 相手のプライバシーに干渉したがる
13 人付き合いで 互いにもたれあうのを好む ─ 互いに自立しているのを好む
14 自分をとりまく状況が 変化しないのを好む ─ 変化するのを好む
15 考え事は
    以前からあるしきたり・慣習に従う ─ 新しい発見発明を好む
16 物事の決断が 白黒がはっきりしている ─ 玉虫色・あいまいである
17 物事の決断を 非公開で行う ─ 公開の場で行う
18 人付き合いで 身内・外の区別にこだわる ─ 身内・外の区別をしない
19 人付き合いで 余所者を排除する ─ 余所者に門戸を開く
20 行動は 周りと同一とする ─ 周りと違え目立たせる
21 身のこなしが きめ細かい ─ 大まかである
22 考え方のスケールが 狭く小さい ─ 広角で大きい
23 オフィス内の人の配置が
    互いに狭い空間に密集するのを好む ─ 互いに広い空間にちらばるのを好む
24 物の言い方が 率直である ─ 遠回しである
25 考え事は すでにある既知の分野を好む ─ まだない未知の分野を好む
26 考え事を サッと割り切る ─ いつまでもにえきらない
27 行動は 受け身である ─ 能動的である
28 考え事は 天上(空)を向いて行う ─ 地上(大地)を向いて行う
29 人付き合いが あっさりしている - 濃厚である
 
 


 (c)1993 大塚いわお
 
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