ドライ/ウェット エージェントについて

筆者は、ドライ/ウェットな態度を取る人の、社会的な動き(行動の取り方)を、コンピュータ上で、シミュレートしたいと考えている。

コンピュータ上で仮想的に実現された、ドライな人格を、「ドライ・エージェント」、ウェットな人格を、「ウェット・エージェント」とここでは呼ぶことにする。

例えば、日本人の伝統的な行動様式はウェットであるから、コンピュータ上で、彼らの動きをシミュレートするには、「ウェット・エージェント」を実現すればよいことになる。
 

まず、筆者の考えた「人間同士が他者にドライ・ウェットな感覚を与える仕組みと、物体である気体・液体がドライ・ウェットな感覚を人間に与える仕組みとが共通である。運動エネルギーが小さく、相互の間に働く引力が大きいほどウェットに感じられる。」という説明に従うと、

(1)ドライな人(ドライ・エージェント)の動きは、気体分子運動に似せればよい
(2)ウェットな人(ウェット・エージェント)の動きは、液体分子運動に似せればよい

ということになる。

まず、複数のドライ・エージェントの動きについて考えてみると、

・運動エネルギーが大きいのだから、高速で動かす
・相互間引力(分子間力相当の力)がほとんど働かないから、各自をバラバラ・独立に、自由に動かしてよい

といった規則に従って動かせばよい。
ドライ・エージェントの動きの場合は、分子間力相当の力を考えなくてよいので、こちらは、1人1人の軌跡を、相互干渉を考えに入れずに、別々に計算して、動かすだけでよく、簡単に実現できる。

一方、複数のウェット・エージェントの動きについて考えた場合、

・運動エネルギーが小さめなので、低速で動かす
・相互間引力(分子間力相当の力)が大きく働くので、各自の動きを、互いに引き合い、干渉し合うように動かさなければいけない

といった規則に従って動かす必要がある。

相互間引力は、エージェント同士が互いの存在する位置を近接化させる形で現れる。その結果、相互間引力が働くウェットなエージェントは、互いに親近性や愛着を持って、寄り添い合う存在となる。そういう点では、ウェットなエージェントは、(互いに)「甘える」エージェントとも言える。

ウェット・エージェントの動きについては、周囲の他者の動きを絶えず考慮に入れつつ、互いに干渉し合う形で動かす必要があり、1人1人の軌跡を、他者とは独立に決めることができない。従って、各自の動く軌跡の計算は、ドライ・エージェントの動きに比べて、非常に複雑になり、実現しにくい。

ウェット・エージェント各自の動きは、例えば、以下のように簡略化して、プログラムすることができるかも知れない。

(1)1回の処理毎の移動距離(速さ)を、まず決定する。
(2)自分の動いてきた方向を計算する。これから初めて動く場合は、任意の動作方向を設定する。

(3)自分の位置を中心とした一定半径内に、他者がいるかどうかを確かめ、いたら、その位置を記憶する。
(4)位置を記憶した他者について、自分との位置関係、すなわち、自分から見て、その他者が、どの方角にいるかを、計算する。
(5)位置を記憶した、各他者のいる方向との間に働く、相互間引力を計算する。
(6)位置を記憶した他者の数だけ設定した、相互間引力を、順に合成し、自分が、総合的に見て、どの方向に引かれて行くかを決定する。

(7)それまで取ってきた自分の動く方向と、相互間引力で引かれる方向とを、合成して、最終的に、自分がどの方向に動くかを決定する。
(8)最終的に決定した動く方向に、1回の処理毎の移動距離(速さ)分だけ、動く。

上記の(1)~(8)の計算を、各人について繰り返すことで、ウェット・エージェントの動きを実現することができる、と考えられる。しかし、そこには、まだ残された問題が、いくつか存在する。

・(3)において、自分の位置を中心とした一定半径内にいる他者を確かめるには、単純にやろうとすると、空間内にいる全ての他者の位置情報を入手して、一定半径内に入っているかどうかをいちいち判定する必要がある。他者の数が少ない時は問題ないが、多い時は人数分だけ計算しなくてはならず、大変である。こうした煩雑さをなくすには、自律した各エージェントが視覚を持って、自分の目に見える範囲の他者だけをピックアップすることができればいいのであるが、こうした視覚をコ,ンピュータ上で実現するというのも、考え直すと、結構大変そうである。

・(5)の相互間引力の計算において、他者との距離の大小によって、引力の大きさを変える必要があるのではないか。

・(8)において、最終的に決定した方向に動く際には、上記の説明だと、どのような引力が働いたかに関わらず、一定速度で動くように仮定しているが、本当は、引きつけ合う力の大小によって、速度を変化させる必要があるのではないか。

上記で述べたのは、複数のエージェントの動きを、大局的な、鳥瞰図的な見地から眺めた場合についてである。こうした行き方とは別に、1人のエージェントの動きに的を絞って、そのエージェントの視覚に入る、他者(の群れ)の姿のあり方が、ドライな場合とウェットな場合とでどう違うかを調べることで、性格・態度のドライ・ウェットさを、より現実の人間関係に近い形で、捉えることが可能となる。

あるいは,、エージェントが、複数のユーザーの所有するコンピュータ間を自由に移動して、仕事をする、モバイル・エージェント概念との組み合わせにより、日本的でウェットな、ユーザーと、画面などを通して互いにベタベタくっつき合う(利用者の後を追ってネットワークを渡り歩きながらついてくる)形のエージェントを生成する、というのも、また別の研究の進め方であると考えられる。

一般的に言えば、利用者に対し親近感を抱き、少しでも利用者との間の距離を埋めて近づこうとして自発的になついてくるウェットなエージェントは、人々の心を和ませ、癒す(温かいものに変化させる)と考えられ、孤独感にさいなまれやすい現代人にとってメンタルなケアをもたらす重要な要因となりうる。そういう点で、ウェットなエージェントは、「温もり」のエージェント、「癒し」のエージェントという性格をもつと言える。なお、具体的にどのような態度をエージェントが取ると温かく感じられるかについては、「温情インタフェースデザイン」へのリンクをたどっていただきたい。
 

今後は、上記の検討結果をもとに、まずはコンピュータ上で、ドライ・ウェットな人々の動きを、実際にシミュレートしてみたいと考えている。例えば、コンピュータのハードウェアに依存しない中間コードを吐き出すJava言語系で実装すれば、コンピュータの種類を問わず、エージェントの動作が実行可能となり、有効性が高いと考えている。また、物理的形態を取った「具体性のある」エージェントとしての医療・福祉用ロポットにウェットさを持たせると、それが要介護者に心理的に近い存在となって生きる勇気を与え、患者のリハビリテーションやクライアントの社会復帰が進む度合いが大きく改善されるかもしれない。そういう点では、ロボットにウェットさを持たせることも、今後の重要な研究課題である、と言える。



(c)2000.8-2001.6  大塚いわお
 

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