東京大学的人間
-その「役人的」性格と限界-

2006.02 大塚いわお



東京大学の出身者は、以下のような特徴を持つ。

(1)正しい答えを暗記し、即答する能力を重んじ、それに優れている。通説、定説、欧米や先進国の学者の唱える権威ある説、論争について、答えを、なるべく多量、なるべく正確に学習し、そらんじるのが得意である。

これは、誰かが先行して作り出した「正答」のフォローばかりやることにつながり、権威主義や思考上の後進性を生み出している。

東京大学出身の研究者は、沢山の植民地大学を抱える形で学界を政治的に牛耳りながら、自らはなかなか斬新な独創的なアイデアを出せずに、欧米の研究者の出した学説の消化吸収、後追いばかりやって、しかもそれが学問の本道だと信じ込んでいる人が多い。

東京大学は、基本的に役人(中央官庁の高級官僚)養成の機関である。そこでは、できるだけ、間違わず、大過なく物事を進める能力、先人の作った膨大な量の前例(法律、技術)をできるだけ正確かつ多量に頭に入れて、いつでもそれを即座に取り出して運用できる能力、先行する(欧米の)成功例を効率よくキャッチアップ、模倣して、素早く追いつく能力が求められ、東京大学の出身者は、現にそれが得意である。この点、「東大的」とは「役人的」と同義と考えていいと思う。

(2)複雑、難解なものを理解し、説明する能力に優れる。複雑な構文、高度な数式等の入った文章を楽々と読みこなし、また自分で書くことが得意である。

中央官庁が所管する法律には難解なものが多く、それを楽々と読みこなすとともに、自分でも作文できることが求められる。条文を入り組んだ分かりにくいものとすることで、難解な物事を理解できない一般国民を支配できると考えている節がある。こうした、難解さを重んじる役人的な発想が、そのまま高級官僚養成機関としての東大に浸透していると言える。

これは、簡単さ、単純明快さを馬鹿にする態度につながる。しかし、実際のところ、実際の生活や科学でインパクトが大きいのは、より基本的で土台となる部分の発見であり、それは万有引力、地動説の発見のように簡潔で単純であるほど後世に残る大発見となる。ところが、東大的な考え方では、こうした、誰の頭でも分かる簡単さは、軽蔑の対象となってしまい、切り捨てられてしまう。

この場合、価値観が、既に存在することの理解、評価、学習能力の重視に偏っており、受け身で消極的、退嬰的なことも特徴である。

まとめると、正しい答え、定説をできるだけ多量、正確に頭に入れて、すぐそらんじることができること、難解な物事をよどみなく理解できることが東京大学的、役人的人間の特徴と言えよう。

要は、東大出身者は、上記の高級役人的技量に関しては優れており、その点この国の価値基準では「頭がいい」人なのであるが、頭の良さは、こういうものだけとは限らない。機転の利いた斬新な、あるいは、根本的な大変革をもたらす考えを生み出すといった点も、別の意味で「頭がいい」のであり、東大出身者の多くは、こちらの面では、全く無能であり、「頭が悪い」のではないか。


なお、受験勉強の一番の勝者が東大に合格するという考え方が日本人の間には根強くある。上記の高級役人的技量を磨くのが、日本における大学受験勉強であるとするならば、高校生たちが大学受験の勉強に力を入れることは、彼ら若人が一斉に「役人的」になろうとしていることに他ならない。というか、日本人は、大学受験の勉強をする過程で、皆知らず知らずのうちに、多分に「東大的=役人的」思考に慣らされ、どっぷり浸かっていると言える。

そういう意味では、性格としては、「東京大学的」=「日本的」とも言える。


2006 大塚いわお

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