○社会は、個人に還元できないと言えるか?

仮に社会の総人数が10名ほどだったと仮定した場合、社会が個人に還元できない外在的な存在であると言うのならば、10人から1人分ずつ頭というか心(神経系)を順に消して行ったとき、全員消しても、社会は「外在的存在として」残り続けるということなのだろうか?

2人が残った状態までは、2人の間にコミュニケーションのやりとりをするコネクタが成立するから、社会は外在するということになるが、実際にそのような実感は果たして2人だけの状態で沸くだろうか?単に、もう一人の他人の個人心理が目前にあると感じるだけで、社会の存在は感覚としては消え去るというのが自然ではあるまいか。

強いて言うならば、1人だけ残った状態で、その1人の頭の中、神経系の中に、他の(消え去った)成員が見つけてきた、その成員由来の情報が記憶されて残っている場合、その(消え去った)外在成員との共同社会が、残った1人の神経系の中に息づいていると言える。しかし、その際、情報を残した外在成員は誰と誰々だ、この情報は誰由来だと同定できる訳であり、そういう点では個人還元可能である。また、外在成員の持っていた情報が、その成員個人が初めて見つけたものでなく、太古の昔から様々な不特定の成員の間を連綿として受け継がれてきたものである場合、「外部社会由来の情報です」と果たして言うことができるだろうか?単に、誰が最初に言い出したかの寄る辺、手がかりが、長い歴史が経過する内に失われただけで、最初にその情報の内容を見いだした、発見、発明したのは、特定の誰か個人である。発見、発明は、個人の頭の中で起きるのであり、初期状態では、他の成員の頭の中には共有されていない。その点、その情報も社会の中に最初から存在していた訳ではなく、個人の発見、発明に帰せられるのである。


2005-2006 大塚いわお

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