日本における女性の「社会進出」について


(c)1999.8-2003.8 大塚いわお

1.はじめに(家庭は「社会」ではないのか?)

現在言われている、女性の「社会進出」とは、従来、家庭に囚われている女性を、そこから解放して、男性が占有してきた「社会」(官庁、企業...といった家庭以外の場所)に進出させる、ことを指すものと思われる。

まず、女性の「社会進出」を唱える人たちは、家庭を社会の一部と見なしていない節がある。

家庭は、誰もがそこから出かけ、仕事などをしたあとで、必ず帰着するところの、社会の「(航空)母艦」のような意味合いを持ち、社会の根幹部分を形成するといえる。その意味で、家庭を社会とを別々に捉える、「社会進出」という考え方は、誤っていると思われる。家庭を支配するものこそが、社会全体の根本を支配すると言ってもよいのである。

2.なぜ日本女性の「社会進出」が進まないか?

なぜ、日本の女性が家庭に囚われてきたか?女性が、家庭に縛られる現象がなぜ起きているか?これについては、(1)生物学的な見地に由来する問題と、(2)日本など、農耕社会固有の問題とに分けて考えるべきである。

(1)まず、生物学的側面について考える。女性の方が、男性よりも、担うところの生殖細胞(卵子)の数が少なく、作りがリッチであり、生物学的貴重性が高い。その点、人間の種としての存続をはかるためにも、女性は、(貴重性が低い男性よりも)より安全が確保されたところに常時とどまり続ける必要があった。それが、「巣」「内」としての家庭であった。一方、家庭から切り離されたところの職場は、より危険性の高い「現場」「外」の世界であり、男性により向いた場所であった。

しかるに最近は、ほとんどの職場では、安全性が高くなった。コンピュータ化が進んで、危険な作業は、みな機械が行い、人間は安全なところにいたままで、職務を遂行できるようになった。その結果、職場は、(生物学的貴重性の低い)男性が占有する必要がなくなってきた。女性の「職場進出」は、十分可能な状態にあると考えられる。

ただし、現状では、職場は、あくまで、日中、家庭から、出かけていって、作業をするだけの場所に限定されており、職場で働いた人間は、家庭に再び帰って、食事をする、寝る..などのことをする必要がある。

今後は、職場にも、家庭同様の「巣」としての機能(一日中占有することのできる、睡眠や食事を取ったりできる、ないし育児の設備が整っている、自分専用の安全な居場所)を持たせること、すなわち家庭と職場との同一化が、恒常的に安全な場所を求める女性が、職場に完全に進出する根本的な条件となる、と考えられる。

(2)次に、農耕社会固有の問題について考える。家庭は、社会の基盤部分を支配する「(航空)母艦」としての役割を担っている。日本のような農耕社会においては、そこは、女性が支配している。従来、外働きしていた日本の男性は、女性に対して、心理的に依存して(甘えて)おり、母親代わりの女性に家庭にいてもらわないと不安である。そのため、女性が家庭から外に出ることに反対する。

したがって、日本社会において、女性がスムーズに「社会進出」するには、家庭が男性による心理的依存の場である状態を止めればよい。具体的には、女性が、男性の母親役から降りればよいのである。より根本的には、男性が女性に心理的に依存する元となる、女性による男性支配をやめて、男性を自立させることが必要である。これには、例えば、育児時に、母親や祖母が子供(特に息子)に、心理的な一体感をあまた持たせないように、自分にあまりなつきすぎないように、甘えないようにすることが必要と考えられる。

日本の男性は、フルタイムの過酷な条件で働けるが、女性は、家事・育児があるからパートタイムでないと働けない、それゆえ、社会進出が遅れているとする見方があるが、これも、家庭において、男性が女性に対して、心理上、全面的に依存しており、それを女性も許容しているため起きる現象である。すなわち、男性が家庭を省みないで働けるのは、女性に、家庭の全てを、心理的に任せているからである。より正確には、家庭は、女性に全面的に支配されているので、任せざるを得ないからである。男性がフルタイムで勤務しようとする強迫感から逃れさせるには、女性が家庭を全面的に支配する状態を改め、男性にも、家庭に心理的な居場所(自分の存在を明確化・肯定する場)を設けてあげる必要がある。

3.男性が女性の「社会進出」を受け入れる条件とは?

日本のフェミニズムでは、女性が家庭に縛りつけられるのは、(欧米の基準から見て)遅れている、として否定するする考え方が強い。しかし、女性が、家庭に留まることを否定すること自体、(家庭が男性主導のものであり、女性はそこから出たがっている)欧米的な家庭観を、強引に(家庭が女性主導のものであり、女性はそこから出る必然性は特にない、むしろ女性にとっては、皆を心理的に支配できて居心地がよい)日本社会の家庭に当てはめようとするものである。これは、日本のフェミニストの、浅慮による日本社会の現状把握失敗の現れである。なぜならば、家庭こそが、日本において、女性によって、社会全体を支配するための効果的道具として使われてきたことに気づいていないからである。

社会のあり方を職場中心に見る、日本のフェミニズムは、日本社会が男性中心に動いているとする、誤った見方に囚われている。これは、この説を見て、「自分も『社会進出』しなければ」と考える女性による、家庭の放棄をもたらし、かえって家庭を、男性を含めた社会全体の管理・コントロールの基地(社会を支配する力の源)として利用して来た、女性の力を、皮肉にも弱めている(日本男性にとっては、都合のよい事態であるが)。

欧米の女性にとっては、家庭は自分たちの居場所ではない(男性に支配されている場であり、女性たちはそこから疎外されている)から、家庭からの脱出を求めた。日本では、家庭は女性の支配する場であり、男性はそこから疎外されているからこそ、家庭の外である職場に、逃げ出して、そこに安住の地を求めているのである。日本における女性の職場進出は、男性にとって安住の地を脅かされる行為に他ならない(欧米の男性にとっては、そうではない。彼らは、ちゃんと家庭を押さえている(自らの支配下に置いている)からである)。

女性の「社会進出」は、日本の男性にとっては、社会のあり方全般を女性的なものに支配される中で、自尊心(一家の経済を支えるのは私だ..)を保つためのの最後の拠り所・牙城を切り崩される由々しき事態に他ならない。女性の「社会進出」をスムーズに行われるようにするには、職場が、男性にとって、自尊心を保つ最後の切り札として働く性格をなくすことが必要である。

女性が従来占有して来た特権(家計管理による収入・支出決定の権限、育児権限..)を、男性にも明示的に開放することが、男性が、官庁・企業などの組織における地位に強迫的に固執する(女性を排除しようとする)心理から解放させる、一番の手である。日本において、女性の「社会進出」を進めるには、こうした男性の「全面的に女性に支配される」という恐怖心を取り除くことが必要である。
 

4.女性はなぜ高い地位に就かないか?

女性の「社会進出」の遅れと関連して、女性が組織(官庁、企業..)で高い地位に就くことが少ないことが、「男性が女性を支配している」ことの恰好の証拠として、日本のフェミニズムでは、取り上げられている。

なぜ、女性が高い地位に就かないかについては、(1)生物学的側面と、(2)農耕社会特有の「女性が男性を持ち上げる」側面の2つから考えることができる。

(1)高い地位への就任を、組織において、役職に就くことと捉えるならば、高い地位に就くことは、失敗したときの責任を取らされる度合いがそれだけ重くなることを意味する。これは、成功している時はよいが、失敗時には、真先に批判の矢面に立たされることになる。責任を取るには、社会的な制裁(懲戒処分、刑罰、悪い風評..)を受け入れなければならないが、その際、自らの生活が脅かされる危険が大きくなる。これは、生物学的に貴重な、それゆえ、自らの保身に敏感な女性には、耐えがたい事態である、と考えられる。女性が大事にする、生活上の「安全性」が保たれないのである。男性は、その点、自らの保身に、女性ほど敏感ではないため、役職について、失敗した結果、責任を取ることにも平気である、と考えられる。

あるいは、女性は、男性に比べて、人間関係の維持を重要課題とするが、地位相応の業務に失敗して、周囲の、自分が依存している皆から、後ろ指を指される(疎外される)状態が、耐えられない。それゆえ、高い地位を、そういう事態も受け入れる男性により任せるようになる、とも考えられる。

自ら直接は高い地位には就かず、男性に就かせて、その男性を、(自分を母親代わりにさせるなどして)自分に心理的に依存させることで、社会全体を間接的に支配するのが、伝統的な、女性による男性支配、社会支配のやり方である、と考えられる。これならば、社会を支配しつつ、なおかつ責任を取る事態からは免れることができる。

(2)女性の地位の低さは、「男尊女卑」がもたらしている現象でもある。日本のような農耕社会では、社会が女性のペースで動いており(社会が女性向けにできており)、男性の地位は女性に比べて低い。これをそのまま放置すると、男性は、「自尊心」をなくし、やる気をなくす(仕事をしない)。

そこで、農耕社会では、男性を、組織において、肩書のある「高い」地位に優先的に就かせて、「自尊心」を満足させ、仕事に打ち込むようにしむけることが必要になる。女性が就く地位は、男性の補助となり、低めになる(男性を立てる)。これは、男性の地位が実は低いことを自覚させないことで、男性の力を引き出すために必要である。働けば、自分の地位が高くなると男性に思わせることが、社会の発展の原動力となる。この場合、高い地位は、あくまで、見かけだけのものである(本当に社会をコントロールしているのは、女性である)が、そのことを隠して、男性を「エライ」とほめそやすことにより、男性は、女性が支配する社会の中で、「自尊心」を何とか保持できる。
 

5.女性を高い地位につかせるには?

女性が自ら社会的に高い地位につくことを積極的に追求するようにするには、失敗時に取らなくてはいけない責任を小さくすることが求められる。失敗時に、その責任を上下左右の地位へと分散させること、責任を周囲との連帯責任とすることで、本人の取らなくてはいけない責任を軽くすることが必要である。

例えば、女性が責任者のプロジェクトチームで作業を進めている場合、作業が失敗したら、従来のように上司(の女性)一人が責任を取る(上司に責任が集中する)のではなく、チーム員全体で責任を取るようにする、責任をチーム員各員に分散させる、といった仕組みを作る必要がある。そうすることで、上司の女性の取らなくてはいけない責任が軽くなり、責任を取ることへの心理的圧力が少なくなるため、女性は、より上司の立場に気軽に立つことができるようになり、高い地位につきたがるようになると考えられる。

また、日本のような農耕社会では、女性が、「男尊女卑」でわざわざ男性を心理的に持ち上げて仕事をさせることをやめ、自分で職場進出を果たすことで、今よりも男性が頼りなくなり、自分に対してより依存的になってしまうことを受容しつつ、自力で、職場での仕事と育児などを両立させていく方向に進むことが考えられる。その際は、女性が、部下の男性に対して、母親のように接することで、日本男性の持つ母親的な存在への依頼心を満足させ、男性はスムーズに上司の座を女性に譲ると考えられる。

なお、従来、日本男性が女性に対して生活面で依存的で、食事、洗濯などいろいろ世話を求めることが、職場で働き、高い地位を追求しようとする女性の負担を一方的に増している点は見逃せない。対策としては、例えば、男性に対して、従来のような「妻」「嫁」ではなく、「母親」の態度を取ることで、男性をスムーズに自分に従わせることが考えられる。つまり男性を自分の配下にある「子供」のように扱って、男性自身がそうした自分の世話を自分でやらせる方向へと、男性の母親のような態度を取って絶えず「しつける」「命令する」のである。あるいは、男性が必要とする世話を、家庭外にアウトソーシングすることが考えられる。食事は、コンビニエンスストアの弁当をあてがうといった対処をするのである。その際は、男性の健康をきちんと気をつけていることを男性に対して示すために、例えば、事前に、コンビニ弁当に栄養士の監修が付いていることが当たり前となるような運動をコンビニエンスストアや外食産業などに対して起こすべきであろう。


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