核オフィス化の進展について

通信が高度に発達した状態にあっては、どの空間からどの空間へもが、互いに等距離、より正確には距離感なしで到達可能である。一つ一つの空間を独立させつつ空間同士を通信回線で結合したとき、それらの空間が互いにどんなに離れていても、通信の空間連結作用により、あたかもひとまとまりとなった空間のように捉えられる。これをオフィスに応用すると、オフィスの各部署、各人の席がランダムに分散化されても、通信によってまとまりを維持できることになる。

オフィスの通信手段は、従来は電話がほとんどであった。電話が1対1のコミュニケーションしかサポートしなかったのに対して、近年はコンピュータによるデータ通信が多対多のコミュニケーションをサポートするようになったため、互いに離れていても組織としてのまとまりを格段に維持しやすくなった。これに伴い、サテライトオフィス、テレワークの導入という形のオフィスの分散化、および、SOHO(SmallOffice,Home Office)という言葉で表されるオフィスの小規模独立化が徐々に進展しつつある。

従来の分散オフィスの構成は、多人数の組織成員が一堂に会するヘッドオフィスがまずあり、それにぶら下がる(従属する)形で個人ないし小集団毎のサテライトオフィスがある、といった構成になっていた。 言わば、ヘッドオフィスの存在を前提としたサテライトオフィスだった訳である。この場合は、オフィスの中心機能の(地理的空間における)非遍在性が残存することになる。すなわち、オフィスの主要な構成員は、ヘッドオフィスのある同一地点まで皆揃って通勤しなければならず、ヘッドオフィスの空間的位置に集団で束縛されなければならなかった。

また、小規模独立型のSOHOは、少人数で独立した個人経営の会社などにのみ導入され、大規模な官庁・会社組織は、従来通りの、多人数が同一の広大な空間を共有し合う形の大規模非独立型のオフィスにとどまるのが通例であった。大規模非独立型オフィスでは、勤務者同士が同じ地理的位置を共有する必要があり、その点で地理的空間の制約を伴うものである。

今後の大規模な官庁・企業組織のオフィスは、「nuclear(核)オフィス」とでも呼べる最小単位のバラバラで各々が自足性を持ったオフィス一つ一つを高速通信ネットワークで群れをなす形で互いに結ぶことにより、地理的空間の制約を離れて、自由自在に組織を組み立てることが可能となると考えられる。一つ一つの小さなオフィスは例え互いにバラバラに離れていても、通信の「空間連結機能」により、互いに接続されてひとまとまりのネットワーク組織を生成すると考えられる。

すなわち、通信ネットワークの高度化に伴い、ヘッドオフィスがバラバラな一人用個室の群れに分解され、オフィスとして独立存在可能な最小単位としての「核オフィス」の集合体として現れる。このように、オフィスの機能を究極まで縮めて、本質的機能のみを取り出した、「核化した」状態は、オフィス・ミニマム(オフィスとして成立するに必要な最小限の機能を備えた状態)とでも呼べるであろう。

核オフィスにおいては、一人一人は個室にして空間的には外界と遮断されるが、通信回線により、他の任意の個室との連絡が可能であり、外界へのコミュニケーションの開放性は維持される。

ヘッドオフィスの核オフィスへの分解は、
(1)オフィスを個室化してオフィス機能を個別・独立化させる、
(2)オフィスの位置を空間的に分散・バラバラ化する、
といった手順で行われると考えられる。

ヘッドオフィスが消滅した状態では、バラバラな一人だけの個人空間からなる各々互いに独立した核オフィスを寄せ集めて、組織を組み立てていくことになる。組織は、核オフィスというバラバラな任意の地点にある細胞同士を通信回線で自由に結ぶことにより成立する。各個人に割り当てられるオフィスはそれぞれが自己完結している(1つだけで自立できる)状態となる。

核オフィスが持つ利点は、

(1)互いに離れた位置に存在する者同士を一つのまとまった組織コミュニケーションチャネル上で統括でき、地理的空間に依存しない形で組織を自由に作成・改変・維持できるようになり、組織の地理的遍在性を持たせることが可能となる。核オフィスは、そうした点で、上記で述べた中心地の遍在性、国家の遍在性を実現する上での重要なキーとなる。

(2) 核オフィスの間をネットワークで結ぶことにより、いかなる形の組織にも対応したオフィスシステムを構築することが可能となるため。組織を構成する一人一人が働くオフィスの地理的空間上の位置はそのまま変更しないで、組織の付け替えだけを行うことができるので、組織変更の自由が利く(統廃合が簡単にできる、組織改変に伴う引越し作業などが不要であり、組織再編のコストがかからない)。

といった点が考えられる。

核オフィスが出現・普及してくる背景としては、通信の発達以外には、

(1) 個人のプライバシー確保についての意識の高まりと、それがもたらす既存の住宅における各部屋の個室化(核化)の進展、さらにオフィスの各人のスペースのパーティション設定による独立度の高まり、がまず考えられる。あるいは、

(2) 各人が地理的制約を受けずに自分の好む立地条件の勤務地を選択しようとする傾向、その場合、どの地点に勤務したいかが個人毎に異なる(個人毎の個性が出てくる)ため結果的に各人の望む勤務地が各人毎にバラバラとなるであろうことが考えられる。

核オフィスの装備すべき(最小限の)機能は、
(1) 作業(社会的機能を生産・作成する場の確保、学習・思考・判断をする場の確保)
(2) 通信(他の核オフィスとの連絡手段の確保、コンピュータWANの設備など)
(3) 居住(住みごこちの良さの確保、エアコン・湯沸の設備など)

近辺と考えられる。

核オフィスに必要な機器は、従来のサテライトオフィスに必要な機器と基本的には同一であると考えられる。プリンタなど従来のオフィスでは複数人が共用していた機器も、一人一台持つ必要がある。核オフィスの普及には、オフィス機器の小型化・パーソナライズ化が進展する必要がある。

核オフィスの各勤務者に合わせた分散化の形態としては、以下の3つが考えられる。

(1)在宅勤務 現在勤務者が居住する住宅(社宅など)の各世帯にオフィス機能を付ける。部屋の1~数室をオフィスとして改造する。

(2)テレコミューティング 集合カプセル方式オフィスを採用する。オフィス個室の集合からなる建物を住宅の近辺にバラバラに建てる。建てるのは、勤務者が自宅から数分で通える地点とする。1つ1つのオフィス部屋が完全に個室として独立しており鍵がかかるようになっている。各部屋を企業・官庁と個別に契約する。

(3)モバイルオフィス 上記のオフィスは定住オフィスであり、場所が決まっていて動かせない。ワーカーはそこへ通わなければ(在宅の場合は居続けなければ)ならなかった。モバイルオフィスは、(a)オフィス機器を小型・携帯化することにより、(b)オフィスの居住空間を移動可能とすることにより、オフィスの場所を臨機応変に変えることができるようにしたものである。

モバイルオフィスにおいて、(a)については、オフィスを構築するのに必要な小道具(例えばカメラ・電話機能内蔵ノートパソコン)を常に持ち歩き、出先(外出先)でワンタッチで一人用の核オフィスを構築できるようにすることが考えられる。情報コンセントを町中いたるところ(喫茶店など)に設けたり、ないし携帯電話を利用することで任意の場所から他のオフィスへと連絡を取ることができる。(b)については、カー・オフィスのように、プリンタ・ファクシミリなどを車内に整備して、どこへ行っても核オフィスがついて回るようにすることができる。

一人一人が独立したモバイル核オフィスを持って、そのモバイル核オフィスの組み合わせで組織を作るのが、時間空間的に最も自由さを備えた組織であると言える。

核オフィスは、勤務者が用いるものであるが、学校の生徒・教官が同様の環境を建設・利用する場合には、「核学習室・研究室」となる。一人一人が独立した、かつ空間的にバラバラに離れることが可能な学習室・研究室を持つことにより、従来は生徒・教官が一つの共同の場所にわざわざ時間を決めて集合しなければならなかったのを、到達度別学習や互いに地理的に離れた場所にいる共同研究を進めるのに適した人々同士を結んで、極めて自由な形態で設置することができる。

核オフィスにおける課題としては、ユーザーのオフィス内でひとりぼっちになる寂しさを解消するとともに、ユーザーのオフィス内でのプライヴァシーを保持するという互いに相反する要求を満たす手立てを用意しておく必要がある。特に、今まで大部屋に大勢が同居する方式を取ってきた日本の会社組織になじませるための方策を考える必要がある。対策としては、遠視鏡で互いに他の複数のオフィスにいる同僚を同時に観察できるようにするなどが、考えられる。


(c)1998.2 大塚いわお

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