◇マクロ神経社会学

1987(初版)、1999-2006(2版) 大塚いわお 


●全体社会の定義

全体社会は、各人が持つニューラル・ネットワークを、一人分ずつ潰して、同一部位を互いに重ね合わせていった、ネットワークの合計として捉えられる。

各人のネットワークを潰して、同一部位同士を足し合わせる作業を、互いに関連を持つ、地球上全ての人間のニューラル・ネットワークについて行うことにより、全体で一つの、人間の環境適応にとって完全に近い、巨大なニューラル・ネットワークを形成する。それが全体社会である。

この場合の全体社会は、巨大な感覚野、連合野、運動野からなる一個の統合されたニューラルネットワークである。

この場合の全体社会の神経系の構造は、一人の人間の神経系の構造と相同である。なぜなら、各人の神経系の構造の合計が、そのまま全体社会の神経系の構造を形作っているからである。

各人の脳神経系=ニューラル・ネットワークの合計が、全体社会となる。例えば、各人の持つ視覚回路の合計が、全体社会の「眼」ということになる。全世界の人口が50億人なら、全体社会は、100億個の眼を持った「超人」として捉えられる。

全体社会は、巨大な感覚野、連合野、運動野を持つ、一つの大きな神経系システム=ハイパー神経系、ないし行動者として捉えられる。


●集団、組織の定義

全体社会に比べて、より小さな人間同士の集まりである、集団ないし組織も、全体社会同様、それを構成する各人の脳神経系=ニューラル・ネットワークの合計として捉えられる。すなわち、複数人からなる集団、組織は、一人の人間同様に、統合された感覚野、連合野、運動野を持つ、ひとまとまりの大きな神経系=ハイパー神経系、行動者として捉えられる。

例えば、会社組織は、従業員数が500人なら、1000個の眼を持った「超人」として捉えられる。


●社会構造とニューロン回路の安定性

社会構造は、社会関係における、変化しにくい、安定した部分を指す。これは、社会を構成する各人のニューラル・ネットワークにおいて、変化しにくい、定常部分を、足し合わせたものに一致する、と考えられる。

●社会変動

全体社会の変動は、各人のニューラル・ネットワーク全合計のうちの、可塑部分の変化として捉えることができる。
個々人の心理システムの変動は、ニューロン同士の配線が、大きく変化することで起きている。そして、この個々人のニューロン配線の変動が、社会レベルの変動につながっていると考えられる。

社会変動が起こる時は、社会を構成する各人のニューラル・ネットワークのパターン(神経系の構造)が、大きく変化している、と考えられる。

●紛争

紛争は、全体社会を構成する巨大なニューラル・ネットワークの中で、特定部分の促進/抑制関係が逆になっている人間同士のニューラル・ネットワークが同居しているときに起こる。

全体社会におけるコンフリクト(紛争)は、全体社会を構成する巨大なニューロン回路の中に、促進・抑制の関係が正反対になっている部分が存在し、その正反対の部分同士が、矛盾する、互いに相手を打ち消し合うインパルスを伝達することによって起こる。全体社会内部での、インパルスの打ち消し合いによる消耗をもたらす。
 


●組織における上司・部下関係

官僚制組織を、一つの大きな神経系として眺めた場合、上司・部下の関係が、末広がりの枝状に、連接している。この場合、組織の中心に位置する上司に対応するニューロン回路は、より抽象的・包括的で現場から遠い内容の職務内容に対応し、一方、組織の末端に位置する部下に対応するニューロン回路は、より具体的・瑣末的で現場に近い内容の職務内容に対応する。したがって、ニューロン回路は、社会組織の面からは、
(1)中心、中核
(2)周辺、末端
の2通りに区分できる。

外界から入って来る刺激を直接受け止める回路部分を担うのが、部下の人間に対応するネットワークであり、このネットワーク部分は、外界から入って来た刺激を分析して、その情報量を低減した上で、分析済のインパルス内容を、上司の人間の持ち分に当たるネットワーク部分に渡す。自分の持ち分のところで、インパルス情報量が十分低減されて、自分の上司へは特に報告しなくてよいと判定された場合は、そこで、インパルスの伝達は止まる。

部下段階のニューラル・ネットワーク部分で受け取られた情報が、上司段階のネットワークへと伝達される場合は、

(1)情報量が多い(今までになく目新しい、滅多に起きない)
(2)環境適応上の重要度が高い(人の生死に関わる、組織の存続に関わる)

といった場合が考えられる。
 
 

●孤立者への配慮

全体社会は、 孤立者を人間社会の一員に加えるか否かによって、
(1)相互作用がある者同士のニューラルネットワークのみを加算する
(2)相互作用のない孤立者のニューラルネットワークも含める
2通りの捉え方が成立する。

この場合、孤立者は、最初から全く人間社会と接点を持たなかった狼少年・少女である場合ほとんどなく、ロビンソン・クルーソーの物語のように、元は人間社会の一員であり、人間の文化を共有した者が何らかの原因により、他者と隔離されたか、自ら進んで社会との接点を断ったと考えるのが普通である。彼ら孤立者は、人間の文化を自分の神経系の中に残しており、彼ら孤立者独自の経験が、再び残りの社会に再接触後流布する可能性を秘めている点、全体社会を捉える際には、人間社会の一員として捉えた方が都合がよい。

あるいは、大勢が集まり暮らしている中から、スッと抜け出た少数者の一団が、今までいた人間社会から完全に隔離された形で独自の文化を形成する場合も考えられる。その場合、全体社会の合計には、彼らの独自社会の分も当然加えるべきだという考えが出てくるであろう。

こうした点、全体社会には、(2)の孤立者を含めた方が、より都合がよいと考えられる。

 


●非可塑・可塑部分の合計

ニューラルネットワークには、遺伝によって配線を予め決められた、非可塑部分(半導体のROMに相当)と、後天的に(文化的に)配線を変えることができる、可塑部分(半導体のRAMに相当)とがある。全体社会は、遺伝的(非可塑)・文化的(可塑)いずれのネットワークも、全部含めた形で、存在すると考えられる。


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