◇社会化と神経系 -ミクロ神経社会学-

1987-2006 大塚いわお


◇回路生成について


●回路生成の基本

新たなニューロン回路の生成は、2つの異なる刺激の同時生起に基づく。例えば、りんごを食べた人は、手に持った「りんご」の与える視覚、触覚面での刺激 と、「おいしい」という味覚面での刺激との両者を同時に生起させる。その結果、「りんご」に当たるニューロンと「おいしい」に当たるニューロンとが同時発 火し、両者のニューロン間に、新たな結合=回路生成をもたらす。


●回路コピーの基本

ニューロン回路の人間の間でのコピーは、メディアに、2つの異なる刺激を同時生起させる情報をencodeして載せて、相手の神経系の中に送って decodeさせ、結果として、相手の神経系の中で、該当する2つの刺激に当たるニューロン同士を結合させることで行われる。例えば、りんごを食べておい しいと感じた人(「りんご」と「おいしい」間のニューロン結合を、実際に食べることで得た人)は、「りんごはおいしい」と相手に言葉で伝達する(ないし、 「「りんご」「おいしい」の刺激を、「りんご」の絵と、おいしそうな顔をすることで同時発生させる)。すると、相手の心の中では、「りんご」「おいしい」 の2つの刺激に当たるニューロン同士が同時発火して両者の間が結合し、結果として、彼の神経系には、伝達元の人と同じ回路がコピーされたことになる。

上記の場合、りんごのおいしさを他者に伝達しようとする、能動的な伝達意思、動機付けのようなものが、伝達者の神経系内部に存在する必要がある。この伝達 意思は、必ずしも意識的なものとは限らず、無意識に生起した表情などで相手に伝えられる場合も考えられる。この点、神経系の中に「意思(決定)野」「動機 野」のようなものを想定する必要が出てくる。

ニューロン回路コピーを説明した図へのリンクです(PDF)。


●ニューロン回路生成の多段階説(種を中核とした発展)

ニューロン回路の生成においては、まず初等のごく基本的な(辞書の定義に当たる)回路が生成され、それらの回路を基盤の踏み台として、より高度な内 容の情報に対応する回路が生成される。既に理解している=対応するニューロン回路が出来上がっている、平易な情報・記号の組み合わせによって、より高度な ニューロン回路を生成していくことになる。

初等・基礎回路が出来上がっていないと、応用能力に関する回路は生成不可能である。

算数で、四則演算ができないと、統計学が分からないという場合、四則演算は、基本的な回路によって構成される分であり、統計学は、その基本的な回路 を土台に、応用的に構築されるべき回路の分である、と考えられる。

ニューロン回路の生成過程においては、まず、seed(種)となる、基本的な回路(種回路)が生成され、次に、いくつかの種回路を発端として、それ ら同士が互いにドッキングしていく形で、より高度な回路へと成長していくと考えられる。
 

●ニューロン回路結合と新規性

人間が、ニューロン回路同士の結合(可塑的シナプス)を生成することが、「学習」である。このとき、学習によって生成するニューロン回路結合は、新 規性(今まで、誰かの中に、既に存在しているかどうか)という観点からは、

(1)前例 既に誰かの神経系の中に存在し、所持する他者からコミュニケーションによってコピーすることができるニューロン回路結合
(2)発明・発見 今まで他の誰の神経系の中にも存在しなかった、学習した当人が初めて生成した、ニューロン回路結合

の2タイプに分けることができる。

(2)の発明・発見においては、より離れている、互いにより結びつかなそうな回路間をドッキングするほど、大発明・大発見となる。

発明・発見に対応するニューロン回路結合は、他者にコピーされた瞬間から、(1)の前例と化する。
 

●ニューロン回路の由来と社会化

人間の後天的学習行動に対応するニューロン回路は、
(1)外部社会由来 生まれた人間が組み込まれる外部社会から既に存在する規範となる行動様式=ニューロン回路を内面化する=未だ配線が生成していない脳 の中にコピーする形で「外在的」に形成される場合と、
(2)個人内部由来 人間個人の脳神経系システムの中で、試行錯誤の過程で偶然に新たなニューロン回路=新規の独創的な行動様式として「内在的」に生成される場合、
とが考えられる。(1)は従来、「社会化」という概念で言われてきた。

(2)の内在的に生み出された新たなニューロン回路が、新たに周囲の人間の脳の中に次々とコピーされていき、旧来の回路を置き換えることによって、 革新・革命といった社会変動が生み出されると考えられる。

従来の社会学は、(1)の既に社会に存在する外在的な行動様式の個人における内面化にばかり気を取られていて、2)の個人の脳の中から発生する新規 の内在的な行動様式=ニューロン回路の周囲への発信が社会に与える影響について考察が足りないのではないかと考えられる。社会→個人の流ればかりを追いか けて、個人→社会の流れを見過ごしてはいないだろうか?

社会内に分布するニューロン回路は世代を超えて、長い年月にわたって脳から脳へとコピーが繰り返されて来たと考えられる。この回路複写の歴史を遡る と、最初の文化=後天的ニューロン回路発生は、明らかに単独個人の脳の中での新規シナプス結合・可塑性に源を発する。それが周囲の人間にコミュニケーショ ンによって試験的にコピーされては、有効性が試され、有効であればさらに広範囲の他者の脳へとコピーが広まり、さらには世代間でのコピーが行われて、現在 へと受け継がれて来た、と言える。

外部社会に既にあって人間を外在的に拘束するとされてきた文化も、コピー元のソースをたどれば脳神経系の働きという個々人の心理に由来するものなの である。新しい文化(独創的な行動様式)は、常に個人内部の脳神経系の中で生まれる。文化の起源は個人の脳神経系におけるニューロン間の新規結合にある。 その点、文化は、個人の心理的活動によりもたらされるものであり、最初から社会に外在することは不可能である。

社会が個人の心理的活動(脳神経系の働き)に基づかずに独自に文化を生成することは不可能である。個人間をニューロン回路がリレーによって受け継が れていくたびに、ニューロン回路を受け取った各個人の脳神経系の中で、新たな回路の付与が行われ、その付与部分が、他の個人にコピーされる、という形で文 化は発展していく。文化が生み出される(新たなニューロン回路の付け足しが行われる)のはあくまでも個人内部における独自の心理的過程なのである。

ここで述べたような社会の捉え方からすると、社会はあくまで、個人内部で生み出された環境適応に有効なニューロン回路を、(その回路をまだ持ってい ない)複数の他の人間の神経系へと適切に流布させるための手段に過ぎない。社会は、互いに独立した各個人の神経系同士をつなぐ架け橋・接続コネクタ以上の ものではないのである。個人の神経系同士の連絡手段としての社会自体には、新たな文化を生成する能力はない。新たな文化を生成するのは、あくまで個々人の 神経系システムなのである。

したがって、「社会化」の概念は、より正確には、自分を取り囲む外部の複数他者の神経系システムから、既成の、学習によって可塑的に生成された ニューロン回路が、コミュニケーションによって、自分の神経系システム内にコピーされること、と考えるべきである。

個人にとって一見、個々人の心理を超えた形で外在しているように見える「文化」は、実は、当の個人を取り囲む周囲の(社会を構成する)人々の脳神経 系システムの中に分散した形で、特定パターンの行動を起こすニューロン回路として「生きた状態で」存在する。そうして分散して存在する、一定の行動様式に 対応するニューロン回路は、個人同士互いの間のコミュニケーション(通信回線)の確立によって、自由に複数の人間の神経系間を渡り歩くことができる。

社会化が起こるのに必要な2つの要件は、1)個々の行動様式に対応するニューロン回路の複写・流布は、一人の人間単独で行うことは不可能であり、周 囲の他者に当たる複数の人間=神経系システムの存在が必要という、「複数性要件」、2)二人以上の個人間でのニューロン回路複写が行われるのに、2人の間 でコミュニケーション(通信)の確立が必要であり、社会は、あくまでその際のコミュニケーション(通信)回線を結ぶヴァーチャルなコネクタ群として捉えら れる、という「コミュニケーション要件」である。

こうした要件は、行動様式に当たるニューロン回路を生きた状態で保持し続け、周囲の他者に必要に応じて流布させるのが、個々人の心理的な過程である 神経系システムの活動であり、社会の中で保持されている文化が個々人の心理に分解可能であるという考えと決して矛盾しない。個々人の心理を超えた枠組みと してでないと「社会化」を捉えられないという社会学的見方は間違っている。
 

●社会の神経系システムへの還元

「社会は個々人の心理には還元できない独自のものである」という言説(社会の創発性主張)は、従来、社会学者のアイデンティティを与える根本的な存 在理由として働いてきた。

たしかに、社会の持つ神経系間を結ぶ接続コネクタとしての働きは、個人の神経系のみでは成立し得ず、2人以上の個人同士がコミュニケーション関係を 構築する過程で初めて成立する。そういう意味では、社会に個人の心理に還元できない点があるのは事実である。しかし、接続コネクタを通してやりとりされ る、社会の具体的な動きを決める文化(=人間の行動様式の集合体)の内容(例えば書籍や映画・アニメーションといったコンテンツビジネスにおける「コンテ ンツcontents」)は、ニューロン回路として個人の神経系システムに属するのであり、そういう点では、社会を個人の心理抜きに捉えることもまた無理 があると考えられる。

つまり、コンテンツ=文化内容は、全て、個人の神経系=「心」の中に分散して存在するのであり、社会は、個々人の神経系=「心」の間を結ぶ、個人間 のコンテンツ伝達・流通の通路として捉えられる。

従来、神経系システムの働きがどうなっているかは、ほとんど解明されておらず、ブラックボックスと化していた。それゆえ、従来の社会学は、神経系システム を理論構成の枠組みから外して考えざるを得ず、その結果、個人の心理過程を無視する理論が出来上がったと考えられる。しかし、人間の脳神経系についての知 見が十分蓄積された暁には、社会の動きの内容を個人の心理=神経系システムの働きに還元し、個人の心理の集合体として捉えることが、遅かれ早かれ必要と なってくるのではあるまいか?

●現象学的社会学とニューラルネットワーク

現象学的社会学においては、

・日常生活において、人々は、他人が確かに存在し、自分と同じような意識をもち、同じように世界を見ていると思っている。その結果、人々の間には共通する見方(相互主観性)が成立すると考えているとされる。

これは、人々が、互いに、他者が自分と同様、共通の機能や形状パターンを備えた神経系を持っている、と考えていることに該当する。この場合、相互主観性は、人々の神経系間に存在する共通のニューロン回路部位、パターンに該当する。

・現実(reality)とは客観的に存在するものではなく、個人の主観と結びついて成立すると考える。「現実」をつくりだす知識と個人との関係は、

(1)外在化 (externalization) 人間が世界に働きかけ、自己を実現していく過程(新しい知識の生産)
(2)対象化 (objectivation) 人間活動の所産が当初の生産者にとって外在的なものになり、客観的な現実になる過程(知識の制度化)
(3)内在化 (internalization) 制度化された現実が個人の意識のなかに取りいれられ、その個人の主観的な現実になる過程(制度化された知識の内面 化)

といった段階を踏むとされる。

これは、神経系の働きに置き換えてみるならば、

(1)外在化とは、ある人が持つ神経系における、その当人が外部にコピーしたい、流布させたい特定のニューロン回路形状ないしパターン(主観的内容)を、運動器官を使って、神経系外のメディアに刻印する。

(2)対象化とは、神経系外のメディアに刻印されたニューロン回路の内容、形状が、客観的な現実として捉えられる。

(3)内在化とは、外部刻印されたニューロン回路のの内容、形状が、神経系の感覚器官によって読み取られ、読み取った当人の新たなニューロン回路(ないし、既存ニューロン回路の補強)として、当人の神経系内に成立する。

過程を示していると言える。


ホームページに戻る