母性的国家と父性的国家

2003.5-2004.7 大塚いわお



組織における母性と父性との対比を国家のレベルで考えれば、国家が一人の巨大な母として立ち現れる母性的国家と、父として立ち現れる父性的国家が存在すると言える。外部から何をやっているか「カーテン」を引かれたように見えにくい鎖国・内閉的な国家、国民同士の一体感、和合、一致団結を偏重し、規制・社会統制を好む国家は、母性的である。一方、国民の自立、バラバラさを許容し、個人の自由を尊重するとともに、外部に対して開かれた国家は、父性的である。

1980年代まで続いた、個人の自由と権利を重視する欧米の自由主義陣営と、国家集団全体の利益を優先するロシア、中国といった社会主義陣営の対立も、自由主義陣営=父性優位の陣営、社会主義陣営=母性優位の陣営と見ることが出来、それゆえ、父性と母性の対立として見ることが可能である。

ちなみに、日本は、表向きは父性的な自由主義陣営に属していたが、その実態は、国家による統制の行き届いた、官公庁や企業集団の存続を第一に考える、社会主義陣営に近い母性的な体制であった。そのため、欧米から「日本異質論」を唱えられ、対応に苦慮することになったと考えられる。

かつての社会主義国のうち、中国やロシア、現在の北朝鮮は皆、母性的な方に入る。そして、強く欧米先進国の仲間入りを指向し、欧米と精神的に一体化したかに見える日本も、その国民性をよく調べると実は、「ムラ的」「浪花節的」人間関係が根底に色濃く存在しており、母性的な方に入ると言える。母性的国家としての日本は、父性的な欧米国家の一員とは決して言えず、むしろ中国、ロシア、北朝鮮の仲間に入る。


2004-2005 大塚いわお

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