日本人と中国人
-国民性の違い、共通性の根底にあるもの-

2006.4 大塚いわお


日本人と中国人(漢民族)との類似、共通点は、以下のように短くまとめられる。

日本人と中国人は、共に、稲作や畑作を主にする農耕民族である。その点、一カ所に定着して動かないのを好むとか、集団・団体行動を好むとか、相互の一体感、心理的結合、人情を重んじ、縁故を重視し、ジメジメ、ベタベタしたウェットで女性的、母性的性格を持つ点では共通している。


しかし、この両者には、大きな相違点があるのも事実である。

中国人(漢民族)と日本人の最大の違いは、自分の属する内集団、すなわち親密感、一体感を持てる「ウチ」と見なす範囲がどこまでか、についてが、大きく異なる。

中国人の場合、「ウチ」の範囲は、千年以上にわたって続いてきた父系血縁集団(同族)の系譜内に限定される。同じ姓を持ち、同じ血縁集団の中に含まれている相手との間は、温かく、親密な身内の関係になる一方で、父系の同一血縁に属さない他者は、全て「ヨソ者」であり、信用ならない冷たい関係に置かれる。

会社とかも、経営者と同じ父系血縁集団に属する従業員は、会社に対して「ウチ」意識を持ち、一体感を持って経営に参加する。というか、同じ父系血縁集団=「ウチ」に属する他者は、「会社は一族皆の持ち物」という意識で、どんどん馴れ馴れしく会社の経営に参画、介入してくる。同じ同族の者同士は、強い一体感、縁故で結ばれ、甘えの関係が横行し、いかようにも融通が利く。

それに比べて、経営者と同じ父系血縁集団に属さない従業員は、会社に対して、冷たい「ヨソ者」意識を持ち、決して、一体感を持たず、一時的な腰掛け意識のみを持つ。この場合、会社で技術とかを教えても、その会社に対して一体感を持たないため、その会社に定着しようという意識がなく、さっさと教えられた技術を「持ち逃げ」して、別のより有利な会社へ行ってしまう。その移った次の会社も、同じ父系血縁で結ばれていない限りは、ヨソ者、一時的な腰掛けという意識で臨むことには変わりない。

この部分だけを取り出すと、中国人は、個人主義者に見えるが、実際は、父系血縁集団と強く一体化し、強い帰属意識を持つ、ウェットな集団主義者と考えられる。

父系血縁集団に属さない他者との関係で親密なものは、個人的な友人、朋友関係になる。


こうした特徴を持つ中国人が、日本人と違うのは、以下の点である。



(1)まず、血縁を重要視する度合いが、中国と日本では大きく異なる。違いは、日本では、天皇家とかのごく一部しか、こうした父系血縁集団の系譜を書いて保存していないのに比べて、中国では、ごく一般的な庶民も、父系血縁集団の系譜を千年単位で保持し、系図を見て、自分が系譜の中のどこにいるかを確認できる。これに比べて、日本人の血縁意識は、中国ほどは強くなく、系譜も千年単位で保持することは、庶民レベルでは稀である。



(2)次に、日本では、必ずしも、同一父系血縁集団に属さなくても、温かく親密な身内の関係に入りうる。例えば、同じ学校や会社に属する者同士を、「ウチの学校」「ウチの会社」と呼んで、強い一体感を持ち、お互いを家族のように意識する。血縁が通じてなくても、「同じ釜の飯を食べた者同士」であれば、あたかも同じ家族に属するかのように扱ってもらえる。その点、「ウチ」と見なしうる集団が父系血縁集団に限らず、いろいろ多数存在することになる。例えば、大学とかでの師弟関係があたかも擬似家族のように連なって、学閥と呼ばれる内集団ができたりする。

あるいは、日本においては、夫婦の結婚に際して、(多くは)妻の方が、夫の実家に嫁入りする形で、自分の姓を夫の姓に変えることが一般的に行われている。これも、本来血のつながらない妻が、姓を変えることで、夫の家族集団=「ウチ」の一員に「新入り」の形で迎えられるのであり、日本において、血縁に属さない者が家族としての扱いを受ける代表的な事例と言える。

この場合、「ウチ」の仲間に入れてもらうために、大学の入試とか、厳しい試験を突破しなければならないことが多い。また、「ウチ」集団の新入り(会社の新人とか、新たに夫の家に嫁入りした嫁とか)は、集団の一員として明確に認められるために、いろいろ試練やいじめとかを受けたりする。

要は、日本では、集団に液体の表面張力みたいな、ヨソ者を内に入れようとしない力が働いており、それを突破するのが難しく、なかなかウチに入れてもらえないが、いったん突破してウチに入れてもらえると、血縁で結ばれた家族同様、あるいはそれ以上の強い一体感、縁故で「ウチ」の一員、同じ運命共同体の一員として扱ってもらえるようになる。これは、あたかも集団に内外を隔てる膜があり、例えば卵子の膜をかいくぐって中に入って受精する精子との関係と感じが似ている。

こうした、同じ父系血縁に属さなくても、相互に「ウチ」の関係に入れる、家族同様のウェットで強い絆、一体感を持てることが、中国と比べた日本の特徴ということになる。一方、中国人は、同じ父系血縁集団に共に属していない限り、その対人関係は、原則として、冷たいドライな、一時的なものに止まる。

中国人にとっての「ウチ」は、同じ父系血縁で結ばれた者同士に限られ、日本のような非血縁の相手にまで「ウチ」の範囲を広げる融通性に欠けている。そういう点では、「ウチ」の集団の定義が明確である。日本のように複数の非血縁者同士で作った会社のような組織が、組織成員にとって家族同様の「ウチ」になるといった不明瞭な「ウチ」の発生、範囲の拡大は、中国では起こり得ない。


中国人を欧米と同じ、強固な個人主義が貫徹した、日本とは異質な社会関係の持ち主と捉えることは、ある面では正しいが、ある面では大きく間違っている。

中国人は、自分と父系血縁を同じくしない者同士は、互いによそよそしいドライな関係にあり、そういう側面だけ取って見れば、欧米同様、ドライな個人主義的社会関係が主流に見えるというのは事実である。

しかし、それでは、中国人の本質はドライかと言えば、そうではなく、同じ父系血縁に属する者同士の関係は、非常に親密、一体感に満ちた、ウェットなものである。同族に属する者同士は、強い絆で結ばれ、互いの間は、いかようにも融通が利く、強い甘え、和合の支配する関係にある。しかも、そのウェットな父系血縁集団は、千年単位で持続、形成されてきた、日本人の想像を超えた大きなスケールのものであり、しかも、そうした血縁の系譜を、ごく普通の庶民が当たり前のように保持しているのである。


日本の会社が中国に進出する際に、中国人の従業員に対して、日本人の従業員同様、従業員が、会社に対して強い一体感、「ウチ」意識を持って、会社を我が事のように思って、会社のために骨身を削って尽くそうとしてくれるように、従業員を教育すればなってくれると思い込みがちである。

しかしこれは、中国人の「ウチ」の範囲が父系血縁集団にほとんど限定されることを知っていれば、これはほとんど期待できないことが分かる。中国人従業員にいくら懇切丁寧に技術指導とかしても、他の会社にすぐ移る形で持ち逃げされるのは、そもそも、中国人従業員は、日本人の会社を、(日本人従業員が多く取るような)自ら一体化、共同化すべき家族同様の関係にあるとは全く見なしておらず、ヨソ者同士の冷たい関係、一時的な腰掛けの相手としてしか見ていないからである。

この点、日本の会社としては、個別の中国人従業員は、あくまでヨソ者として、一時的な相手としてドライに扱う方がうまく行くと考えられる。従業員は、あくまで赤の他人と見なし(これが、日本人の感覚からすると難しいのであろうが)、技術指導とかする際も、全部ノウハウを開示して教えてしまうのではなく、そのうち自分たちからすぐ離れて行ってしまう一時的な関係にあるとして、表面的なところを教えるに止めるべきであると考えられる。

あるいは、個別の中国人従業員の背後に存在する、各中国人が寄る辺とする巨大なサイズの父系血縁集団それ自体を、初めから意識して動くべきとも考えられる。例えば、日本企業の合弁の相手を、中国人の父系血縁集団とすることで、中国人の父系血縁集団への一体感、忠誠意識を、日本企業が活用、利用できるように考えるのである。


中国社会のあり方についても、複数のアメーバのような別々の互いに融合することのない巨大父系血縁集団同士が、絶えず、互いに対立したり、合衝連携を繰り返すものとして捉えるべきである。日本のように、社会全体を、個別内集団を超えて、互いに一体感、一つのまとまりを持つ「国家」として捉える見方を取ることはしない方がよいと言える。中国人にとっては、「国家」も、その指導者の属する父系血縁集団の私有物のように思われているのである。


このように、日本と 中国との差を見た場合、日本が中国に対して優位に立てる条件がどこかが見えてくると言える。人口や国土の大きさ、資源などで日本を圧倒する中国が、現代の日本にとって大きな脅威であることは事実である。それゆえ、どのポイントを突けば、中国に比べて、決定的に優位に立てるかを見極めることが重要となる。

この点について、筆者は、日本人は、互いに血のつながらない赤の他人同士が、同じ学校、会社に入る等のきっかけで、互いに共通の内集団=「ウチ」の中に一体・融合化し、実際に血のつながった親戚同士をはるかに超える強い絆で結ばれた運命共同体を作って一致団結して、目標達成に突き進むことができることが、血縁の枠にしばられた動きしかできない中国人に比べて、圧倒的な優位に立てる可能性を生み出していると考える。

要は、ある目標を達成するのに必要な人員は、同じ血縁の中から適材を常に見出すことは難しく、赤の他人の助けを借りる必要がどうしても出てくる。その際、血縁の枠を超えて、一致団結できる心理を備えた日本人は、血縁の枠の外に出られない中国人よりも、目標達成のために、心理的に一致結束できる度合いが強く、その結果、血縁の枠内でしか物を考えられない中国人に比べて、より効果的に目標達成をなし、勝つことができると考えられる。

日本人が、中国に比べて優位に立とうと思うならば、この、非血縁の赤の他人同士が同じ内集団の中へと溶け合って、一体融合化し、共通の目標に向かって、家族同様の強い絆で一致結束できる能力(非血縁内集団形成能力とでも呼べばよいか)を今まで通り維持し、より一層強化すべきである。


2006 大塚いわお

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