攻めの性、受けの性

2008.06-2008.11 大塚いわお


男性は、攻める、責める、主張する性である。
女性は、受ける、受容する、包含する性である。
男性がサディストであり、女性がマゾヒストである。
この関係は、例えば女性に人気のBLや宝塚歌劇とかに典型的である。

男性が飛び込み、女性がそれを呑み込む。
卵子に割って入ろうとする精子とそれを呑み込む卵子の関係と同様である。

男性は、出航する飛行機、戦闘機であり、女性は、その元となる空母、母艦、港である。男性は、外に出て行く、飛び出す性であり、女性は、帰りを待つ、受け入れる~飛び出すのを許さず自分の中に閉じこめる性である。

女性が(男性を)包含するには、それなりの大きな懐、十分な心理的体積が必要であり、欧米女性のように矮小だったり、力が弱いと、男性を包み込むことができず、男性にくっついて、お姫様だっこされて寄生、依存するだけの存在となる。

その点、日本女性は、「母」として、男性を深い愛情で包み込み、呑み込む強力で巨大な存在である。日本社会では、男性が「息子」(子供)であり、女性が「母」である。




従来、性差に関する言論においては、攻めの男性に比べて、受けの女性は下位である、力関係で劣るみたいな主張が数多くなされている。女性が社会的弱者である証拠みたいな言い方もされ、女性はもっと受け身でなく、自己主張をしないといけないみたいな主張も頻繁に見かける。

しかし、それは、受けの女性の持つ本当の力の大きさ、恐ろしさを知らない物言いであるということができる。

受けは、突き詰めていくと、全ての攻めを包含、呑み込み、吸収して、すぐ元の形状に戻り、びくともしない、動じない、巨大クッション、底なし沼として立ち現れる強大な存在である。従来、臨床心理の分野でグレートマザーと言われてきたのが、これに該当する。

これを例えばセックスに当てはめると、男性がペニスを挿入し攻める役割であり、女性がそれを受け入れる、受けの役割であるとされている。この場合、男性が何回射精しても、何回オーガズムに達しても、女性が、それがやみつきになって決して満足せず、快感や次回の射精を永久に求め続けて、セックスをいつまでも止めようとしないことを考えれば分かりやすいと思われる。

こういう女性は、男性の精を全て受け入れ、吸い尽くしてしまう存在であり、男性は最初の内は元気に攻め込んでいても、やがて全てを受けの女性に吸収し尽くされて、げっそりやつれて、終いには倒れ、死んでしまう。

こうして見ると、受けは、実は強く、恐ろしいものであり、決して侮ってはいけない代物であるということが分かるであろう。



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