失敗、ヒューマンエラー、リスクテイキング、独創と性差
-闇の領域と光の領域-

2006.12-2008.05 大塚いわお


人間が引き起こす失敗、ヒューマンエラーに対する意識には、性差があると考えられる。

女性は、エラー、間違うことに対して、否定的な感情を抱き、エラーは悪いことだとネガティブに考える傾向が、男性に比べて強いのではないか。

女性は、自らの保身のため、危ないことは避けて、安全な、正しいことだけをしよう、権威筋(お上、先生、師匠)によって決められた、保証されたことだけをしようと考える。リスクを取るのが怖い、失敗による責任を取るのが怖いと考える。リスクを取ることに対して消極的である。

そして、失敗する、間違うのは、決められた正しいことを守らなかった、従わなかったためであり、悪いことだとマイナス評価を下す。要は、失敗に対して厳しく、決して許されないことであると見なす。

これは、物事に対する正解を絶えず求め、正解の型通りに正確に合わせて動こうとする「正解指向」「定型指向」を生み出す。間違うのは、正解、正しい動作を会得できていない未熟者の証と考え、正解、正しい道を会得した先生、師匠による厳しい鍛錬を当然のこととしてひたすら堪え忍び、学習していくのが良いとする。そういう点では、マゾヒスティックである。

また、既存の決められた正解の枠の中から外に出ようとしない、はみ出ることを許さない窮屈さ、退嬰性(「枠内行動限定指向」)を生み出す。既存の正しいとされることをひたすら守り、その中で生きていこうとする「伝統・正統指向」にもつながる。

こうした、安全第一の正しさを保証されたことだけをしようとする態度からは、前人未踏の新しいことにチャレンジするベンチャービジネスとかを、とかく胡散臭い、危ないことと見なし、避けようとする保守的で事なかれの風潮を生み出す。

失敗の回避は、失敗して皆から非難され、孤立無援になるのを避けたいという心理からも説明できる。これも保身の考えである。

要は、失敗して、互いに強い一体感で結ばれた所属グループから非難され仲間はずれにされるのを避けたいとか、自分の失敗がグループの連帯責任となってグループ員に迷惑がかかり、それがグループ員を怒らせて、自分が仲間に入れてもらえなくなり、助けてもらえなくなる、それを何よりも恐れる心理が底にある。

一人では不安で、絶えず周囲の他者の助けを求める、必要とする援助要求とか、仲間集団に一体感をもって受容されたい、所属したい、互いに守られたいという集団所属への要求が、そうした援助を打ち切られたり、仲間外れにされることにつながる失敗をとにかく避けよう、許さないとする考え方につながっていると言える。

また、女性は周囲からの他人の目や評価を気にするので、皆の目の前で失敗をして、皆の笑いもの、陰口を叩かれる悪評の対象となるのを何よりも恐れるというのもある。

こうした女性の失敗回避、エラーを許さない、正解の枠、型通りに動こうとする態度が、日本社会では主流であり、日本社会における女性の勢力の強さを示すものとなっている。

例えば、学校の勉強や研究とかで、既にある正解知識をひたすら暗記しよう、蓄積しようとして、そこから外れないようにしようとする行き方とか、銀行がベンチャービジネスへの融資を渋る行き方とかが、この女性主流の日本社会における失敗不許可指向の典型である。

失敗して事故を起こすと、当人の個人的な落ち度、決められた通りにやらなかった違反、逸脱として厳しく責め立て、防止策としてより厳しい「正しい」安全基準を作る方向に向かう。

また、リスクをなるべく取らず、積極的に取ろうとせず、ライバル他社との競争とかでやむを得ず取る「後ろ向き」のリスクテイキングの態度が見られる。


一方、男性は、失敗は何をするにも付きものだと考え、失敗に対してよりポジティブであると考えられる。

今までにない新しい未知のことをやろうとすると、未開の闇の中の体験なのでどうしても失敗する。そこから、失敗をある程度入り込むことを容認し、失敗を前提としてシステムを組もうとする態度が生まれる。

積極的にリスクを取ろう、未知の分野へと冒険しよう、そして最終的には成功を収めて、先行者利益を独占しようとする態度がそこにはある。

要は、危険、リスクを取ることをある程度容認する考え方がその底にあり、新たな物事を試行錯誤を繰り返しながら徐々に確立していく独創性、創造性、革新性がそこには見られる。エラーに対して寛容なのと、独創性、創造性には相関があると言える。

むろん、失敗をするのであるから、危険な目に会ったり、責任を取らされることも当然生じるのであるが、そこには、保険とかフェイルセーフの考え方が浸透していて、ある程度の失敗は大丈夫なことを保証する制度が社会に行き届くように考えるのである。それは、社会においてリスクテイキングを前提としたシステムを組もうとする態度に行き着く。

欧米で、リスクを取ったり、ベンチャービジネスを許容する、独創性に富んだ考え方を奨励する行き方が主流となる背景には、失敗に対して寛容な男性が社会において強い、主流であるという事情があるのではないか。


人間の周囲にある環境には、どうなっているか分からない、どんな危険が待っているか分からないリスクに満ちた「闇の領域」と、どうなっているか、どう対処すればよいか、安全か、正しいかが分かる光に照らされた領域(「光の領域」)とがあると考えられる。

光に照らされた安全な領域はどちらかというと限られており、狭いのに対して、未開の闇の領域は光の領域の周囲に大きく広がっている。

既に光のある領域の枠内に止まり、闇の領域に進むのを避ける安全・保身を取るのが女性で、闇の領域に積極的に打って出て、失敗を重ねながら、徐々に闇を光の領域に変えていく開拓のリスクを取るのが男性だということになるのではなかろうか。

男性も光に照らされた、何をどうすれば成功・失敗するか分かっている領域では、女性同様正しさを追求すると考えられるが、その際もわざと本来から逸脱する違反することをやって、そこから思いがけない新たな未開の闇の領域を、本来光に照らされているはずの領域に再発見し、チャレンジの対象として向かっていく。

一方、女性は、光に照らされた領域内で、正しい、成功することのみを繰り返し行い、従うべき前例として蓄積していき、小さな改良を加えていく。どんな危険、失敗が待っているか分からない、安全、保身が確保できない闇の領域には近づかない。


こうした、失敗、リスクに対する性差を象徴するゲームが「マインスイーパー」であると考えられる。

言うまでもなく、マインスイーパーというゲームは、出発点から、どこに埋まっているか分からない地雷を注意深く避けながら、安全領域をできるだけ確保し、地雷以外の安全領域を全て明るみに出せたら完了というゲームである。

この場合、どこに埋まっているか分からない地雷に当たって自爆するのが失敗、エラー発生ということになる。

既に確保された、地雷のない、光の当たった安全領域上のみを分布し、地雷があるかどうか分からない未知の領域に自分からは進もうとしないのが、安全第一、保身指向でエラー回避の、女性や日本人の取る行き方である。

一方、地雷の埋まっているかも知れない未知の闇の領域に、リスクを取りながら地雷をできるだけ避けるように注意深く進出し、人類の適応領域を広げていく、闇を光に照らされた安全な空間に変えていく、そのためにはある程度地雷を踏んでも、失敗してもやむを得ないと許容するのが、リスクを取る、男性や欧米人の取る行き方である。

要は、マインスイーパー・ゲームに対する考え方が、男性と女性ではおそらく大きく違い、実際に男性と女性との間で、ゲームの進め方にかなりの差が出ることが想定される。男性が積極的にゲームをやろうとし、安全かどうか分からない、闇の領域を積極的に開拓しよう、進もうとするのに対して、女性はゲーム自体やりたがらないか、怖々と慎重に少しずつゆっくりと進もうとすると考えられる。ただし、確保する安全領域の広さというゲーム本来の成績は、地雷探しを慎重に誤りなく正しく進めようとする女性の方が、その辺ががさつな男性よりも最終的には良いのではないだろうか。

マインスイーパーのゲームが、失敗やリスクに対する男女の考え方の相違を映し出す鏡となっていると想定される。


では、女性に独創性の能力がないかと言うと、決してそうではなく、あると考えられる。すなわち、女性は、チャレンジしてもリスクの少ない、失敗しても安全なことについては、そこそこ独創性を発揮するのだと考えられる。

例えば、短歌に今までにない平易な口語体を持ち込んで話題をさらった「サラダ記念日」とか、盆栽に草花を新たにあしらうことで、今までの盆栽にない新鮮な風合いをもたらした「彩花流」とか、いずれも女性の発案によるものである。

あるいは、日本のアニメ、コミックの「かわいい」「萌える」キャラクターデザインの生成のように、ある作者が生成したデザインに、別の作者が少し変化を加えて独自色を生み出していくことが連鎖していくうちに、次第に様々な作品を通じて全体として独創性や完成度の高いキャラクターデザインを生み出すに至っている訳であり、そこには日本女性の独創力が大いに発揮されている。こうした人から人への集団的な申し送りに似た形態による「ちょっとずつ」の独創が、女性は得意なのではないかと考えられる。


女性の独創には、
・既存の伝統、しきたり、前例の枠を基本的には維持しつつ、その枠内で可能な革新を行う
・試しに行っても自分の身の安全、保身が保たれる、恥をかきにくい安全領域の枠内で発明、発見を行う
・誰かのアイデアに、別の人が別のアイデアを加えていく申し送りの形で、集団、全体で、漸進的に、新しいことを少しずつプラスしていくことで、時間が経過するにつれてそれなりの大きな変化と高い完成度をもたらす
・既にある優れたアイデア同士を組み合わせ、少し変形を加えることで、今までにない発明、発見をもたらす
点が特徴であると考えられ、「枠内独創」「こぢんまり独創(プチ独創)」「集団、全体独創」「ちょっとずつ、少しずつの独創(漸進的独創)」「組み合わせ、変形独創」という言葉で表現できる。

一方、男性の独創は、
・既存の伝統、しきたり、価値観を根底からひっくり返し、破壊して、その上に自分独自の新秩序を打ち立てる
・危険覚悟で捨て身の試行錯誤を行い、その結果、今まで誰もなし得なかったスケールの大きな発見、発明を行う
・グループに頼らず、個人の力、アイデアを最大限生かして、一度に大幅な変化をもたらす発見、発明を行う
・今まで全く存在しない初めてのアイデアを一から、何もないところ(無)から考え出す
点が特徴であると考えられ、「枠破壊独創」「壮大な独創」「個人独創」「大幅・ワイドな独創」「一からの、初めからの独創」という言葉で表現できる。


日本社会においては女性の影響力が強く、日本人の独創は女性色の強いものとなる。その点、日本的独創は、女性的独創と言える。一方、欧米的独創は、男性的独創と言える。


2006-2008 大塚いわお

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