「専業主婦」=「役人」論


2006.01 大塚いわお


(旧稿)日本の専業主婦と公務員の共通性についてへのリンクです。


日本の主婦、特に専業主婦は、役人と性質が似ていると考えられる。

この場合、役人とは、中央省庁、地方自治体の職員、すなわち国家、地方公務員を指す。

日本の役人と専業主婦との共通点は何か?2つあると考えられる。

(1)自分ではプラスの入金をしなくても、自動的に自分の使えるお金が自分の手の中に入ってくる点である。

(2)その入ってきたお金をどう使うかというのを決める権限をがっちり握っている点である。


(1)に関して言うと、専業主婦の場合、自分では何も生活に必要なプラスの入金をもたらさなくても、夫の給与の振込先銀行口座に、毎月自動的に、自分が自由に使えるお金が、夫の労働によって、入ってくる。

役人の場合、自分ではプラスの入金を何ももたらさなくても、予算を組むのに必要なお金が、毎年、民間企業や労働者から、自分たちの自由に使える税金の形で、何もしなくても、自動的に上がってくる。

日本の専業主婦や役人は、「僕稼ぐ人、私使う人」と言う表現をするとすれば、「使う人」を地で行っていると言える。

本来、自分の属する組織(これは、家庭でも、会社でも何でもそうだが)にプラスの入金をするためには、何かしら、余所から利益を上げないと、儲けないといけない。それに必要な、才覚、知恵、忍耐力が求められる。

会社だったら、顧客、取引先、上司、同僚から、絶えず文句を言われ、辛い、しんどい大変な思いをして仕事をすることで、やっとそれと交換にお金が入ってくる。楽して利益が上がることはほとんどなく、仕事の中身についても選択の余地がないことがしばしばである。

ところが、専業主婦や役人は、自分ではこの辺の苦労を何もしないで(夫や民間企業の労働者にやらせて)、プラスの入金を自分の手元にいとも易々と手に入れているのである。

官民格差の本質は、給与水準の差がどうのこうの言う以前に、この辺にあるのではないだろうか。要は、自分の手でプラスの入金を確保しなければならず、しかもそのうちのいくらかを自動的に巻き上げられてしまう立場の民間労働者と、自分の手ではプラスの入金を確保するために働く必要がなく、民間労働者から入金を巻き上げれば済む気楽な立場の役人との差が官民格差の本質である。

こうした格差は、給与稼ぎをする夫とその専業主婦との間にも当てはまる関係であると言える。一生懸命働いてプラスの入金をしなければならない役回りの夫と、何もしなくても自分の使うお金が自動的に銀行口座に入ってくる専業主婦との間には、官民同様の大きな格差があり、これは立派な男女差別である(女である専業主婦が上で、労働者の夫が下)。

要は、自ら苦労せずに、必要なお金を他から巻き上げる搾取者、寄生者としての体質が、専業主婦にも、役人にもあるのである。


次に(2)についてであるが、日本では、家庭の家計管理の権限を主婦が独占しているという状況がある。夫の銀行口座から入金されたお金を何に使うか、最終的に決定して、お金を配分するのが、主婦である。家庭のお金を配分する権限を主婦である女性が握っている。夫は、少額の小遣いを、主婦から頭を下げて出してもらわないといけない。

この実態を示すのが、百貨店売り場での女性向け売り場がやたらと大きく広く、男性向け売り場が貧弱なことである。例えば、京都駅の駅ビルの百貨店の売り場案内パンフレットとか見れば、この辺の事情は一目瞭然である。家庭のお金の割り振りの権限を女性、主婦が握っているからこそ、女性向けの売り場が立派なのである。

税金についても同じことが言える。税金の使い道を決めるのは、建前上は国民主権となっているが、実際には、役人が自分たちのために決めている。彼らは、縦割りの行政組織の中で、自分たちの部署の取り分、ひいては自分自身の取り分が最高になるように、予算折衝を繰り返しているのである。

この点でも、専業主婦と役人は似ていると言える。

専業主婦は、家事が大変だとか表面上言われながらも、その実態は、「三食昼寝付き」の気楽な稼業であることは確かである。個人的意見としては、今後、専業主婦には、家庭への入金のための労働を夫ばかりに押しつけるのではなく、子供の育児が終わって暇になったら、入金の主要な役回りを、夫としっかりワークシェアリングしてもらいたいと思う。また、家計管理の権限を夫と分け合うこともしてほしいと思う。それが、日本の家庭で真の男女平等が実現するきっかけになればと思っている。


上記のお金関係以外に、役人と専業主婦とは、もう一つ似ている側面がある。支配者、権力者としての性格である。

役人は、戦前から「お上」「官」として、民間の人々を支配する、言わば「天皇家の直参、直属機関」としての権力者の性格を持ち続けている。「官尊民卑」という言葉がこの辺の実態を表す言葉である。官庁や地方自治体は、許認可や法律規制の権限を盾に、民間企業や国民を意のままに支配している。戦後は、天皇家の上にアメリカが来たので、それに迎合して、「民主的になりました」という顔を一見しているだけである。

専業主婦も、子供としての息子や娘を「自分の自己実現の駒」として支配、コントロールする「母」(夫を子供扱いする妻もこの同類である)、嫁や婿を支配する「姑」として、子供を通じて社会を間接的に支配する、社会の最終支配者、権力者としての顔を持っている。

多分、日本社会で現在一番強い立場にあるのは、役人(公務員)の専業主婦(例えば高級官僚を夫に持つ専業主婦)ではないだろうか?


2006 大塚いわお

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