日本女性の「社会」的地位

日本の女性は、より安全な「内」=「家庭」にとどまるのを好み、「外」=「社会」に進出しようとしなかったため、「外」なる「社会」における地位が低かった。地位が低いと弱く見える。「内」での地位は、外部観察者からは見えにくいため、たとえ本当は高くても、過小評価されやすい。
 

注)「社会」という言葉の使い方に、注意を払っておく必要がある。「社会」の語義は、 

1)農耕「社会」という場合のように、広く全体社会を指す場合(広義) 

2)「社会」進出という場合のように、企業・官庁などの職場、いわゆる(家庭の)「外」の世界を指す場合(狭義) 

とに分かれている、と考えられる。2)の場合、「家庭」は「社会」とは言えない(含まれない)ことになる。( 1)では、家族「社会学」といった言い方が存在することから、「家庭」といった「内」なる世界も、「社会」に含まれる)。 

「社会的地位」という場合の、「社会」は、2)の「外」の世界を指していると考えられる。 
 

女性の「社会」(あくまで狭義)的地位は低い。あるいは、女性は、自ら高い地位につこうとしない。

その原因は、

1)男性に、自分を弱く見せて、守ってもらおうとする。地位の低い者が、弱く見えることを、逆に利用している。

2)「(狭義の)社会」的地位は、従来、職場=「外」の世界のものである。家庭という「内」なる世界から出かけて(離れて)、外敵や危険に対して直接我が身を露出させながら、働く場=職場が、「(狭義の)社会」=「外」であった。職場は、危険な外回りをしなければならなかったり、寝床がなかったりして、究極的には、安全な「内」なる家庭に帰ることが前提となる。たとえ働く場が(しっかりした建物の中などで)安全だったとしても、そこにたどり着くまでに、危険な目に会う可能性が、少なくとも過去には、大いにあった。要するに、「外」は危険であり、「内」は安全である。

なぜ女性が「内」の世界を指向するかと言えば、生物学的に貴重であるため、外敵からより効果的に身を守る必要があり、安全な「内」なる世界は、(「外」の世界に比べて)その要求を満足させやすいからである。女性の「社会」進出(社会的に高い地位につくこと)が遅れたのは、「社会」が「外」なる世界だったからである。女性の「社会」進出が起きるようになったのは、1)「外」なる世界が、交通・通信の便や治安がよくなって、「内」並に安全になってきたので、外出しやすくなったから、2)「内」なる世界(家庭)での作業(家事)が省力化され、時間的余裕が生まれたため、である。
 

3)高い「(狭義の)社会」的地位につくことに伴って生じる責任や、失敗時の制裁・刑罰の増加などを回避しようとする。高い社会的地位につくことで増すところの、危険な目に会いたくない。自己の保身のため、男性に責任を押しつける。

4)人間に対する指向が強く、周囲の意向を気にする(性格がウェットである)ため、失敗して、恥をかいたり、嘲笑されるのを恐れる。高い地位につくほど、失敗時にそうした機会が増えるため。

5)(ウェットな社会のみ)男性を優先して高い地位につけようとする(男尊女卑)。(農耕社会への適応の過程で、女性によってドライな性格部分を殺された結果、無能になって、社会的重要性の低い)男性に、見かけ上高い地位を与えることで、男性に自尊心を起こさせ、より効果的に働かせる(自分から進んで働くようにさせる)。モラールを高め、勇気や意欲を奮い立たせて、筋力・武力などの能力を発揮させる。
 

女性が、高い「(狭義の)社会」的地位(企業・官庁の管理職ポスト)につくことを、そのまま女性解放の度合いを示す指標とは見るべきではない。女性が、失敗時に全責任を背負わなければならない条件のままで高い社会的地位を目指すことは、上述のように、女性の本来的な性向に反する面が強いからである。

女性が自ら(狭義の)社会的に高い地位につくことを積極的に追求するようにするには、失敗時に取らなくてはいけない責任を小さくすることが求められる。失敗時に、その責任を上下左右の隣接する地位の成員へと分散させること、責任を周囲との連帯責任とすることで、本人の取らなくてはいけない責任を軽くすることが必要である。このように、責任分散がはかられた状態で女性が高い地位を目指すのは、女性の本来的な性向に照らし合わせて自然なことである。その際は、女性が高い地位につくことが、女性解放の度合いを示す指標とし得る。

ある(広義の)社会における、本当の女性解放の度合いを示す指標は、女性本来の性向を示す、行動面でのウェットさ(集団主義、同調指向、前例指向...)が、その社会で、どれだけ高い価値を与えられているか、認められているか、である。ウェットさの価値が高いほど、認められているほど、その社会における女性の地位は高い。日本は、これらの価値を高く設定しており、見かけとは裏腹に、女性の(広義の社会での)「地位」が高い。
 

日本の職場(生産する場、賃金を稼ぐ場)が男性中心であって、そこへの女性の進出が進まないのは、女性の高い地位につくことを避ける性向以外にも理由がある。それは、そこが、男性の自尊心を保持できる(家族を経済的に支えているのは私をおいて他にいない、との誇りを保てる)最後のとりでであって、そこに女性が進出してくるのを脅威に感じているからだと考えられる。男性側は、女性には、簡単に明け渡したくない。明け渡すと、せっかく保って来た見かけ上の高い地位からも一挙に転落し、最後の自尊心が消えてしまう。後は(見かけ・実質両面で男性を圧倒する)女性のペースに合わせてひたすら従うだけの社会的落伍者に成り果てるからである。



(c)1999.12 大塚いわお


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