「母性社会論」批判の隠された戦略について
日本社会の最終支配者としての「母性」-

2005.10 大塚いわお


[要約]

「日本=母性社会」論は、その本質が、日本社会を最終的に支配している社会の最高権力者が母性(の担い手である女性)であることを示すものだと筆者は捉える。日本の女性学による「母性社会論は、女性に子育ての役割を一方的に押しつけるものだ」という批判は、女性たちが日本社会を実質的に支配していることを隠蔽する、責任逃れのための「焦点外し」だと考えられる。また、女性たちが従来の「我が子を通じた社会の間接支配」に飽き足らず、自分自身で直接、会社・官庁で昇進し支配者となる、言わば「社会の直接支配」を目指そうとする戦略と見ることもできる。


従来の日本女性学では、臨床心理学者などが提唱している日本を「母性社会」とする見方について、「日本社会が、子供を産み育てる役割を一方的に女性(母親)のみに押しつけていることを示しており、有害である。修正されなくてはならない。」という反応が主流である。

これに対して、筆者は、日本を「母性社会」とする見方は、本来、「日本社会における母性の影響力、権勢が強い。日本社会において、母親が社会の支配者となっている」ことの現れであると見る。要は、日本社会において「母」が社会の根底を支配しており、万人が母親の強い影響下で「母性の漬け物」になっている社会であることを示すのが、「母性社会」という表現だと考えている。

日本の母親は、例えば「教育ママゴン」みたいに、その力の強さを怪物扱いされるような、巨大で手強く、誰もが逆らえない存在なのである。

日本の女性学による、「臨床心理学者たちは、母性社会という言葉を使って、「母」としての女性のみを称賛し、子供を産み育てる役割を女性に押しつけている」という批判は、「日本社会の根幹を支配しているのが母性(の担い手である女性)である」という現状から人々の目を外して、自分たち女性が社会の支配責任を負わなくて済むようにしよう、自分たち(支配側にある)女性に被支配者(男性、子供)の批判、反発が集まらないようにしようとする、「焦点外し」の巧みな戦略、策略だと、筆者には思えてならない。要は、自分たち女性(母性)が社会の実質的支配者であることを、人々に気づかせまいと必死なのである。

また、「子供を産み育てる役割を女性に押しつけるのはいけない」みたいな論調が広がっているが、本来、日本の女性が社会で支配力を振るってこれたのは、彼女らが、子育ての役割を独占することで、自分の子供を、自分の思い通りに動く「駒」として独占的に調教できたから、というのが大きいと考えられる。日本の女性たちは、自分の子供を「自己実現の道具」として、学校での受験競争、会社での昇進競争に、子供の尻を叩いて駆り立て、子供が母親の言うことを聞いて必死に努力して社会的に偉くなった暁には、自分は「母」として、一見社会的支配者となったかに見える子供を更に支配する「最終支配者」的存在として、社会の称賛を浴び、社会に睨みを効かせることができる。

要は、子供の養育を独占することで、自分の子供を完全に「私物化」できることが、日本の女性たちが社会で大きな権勢をこれまで振るってこれた主要な理由であり、要は、「(自分の)子供を通した(日本社会の)間接的支配」というのが、日本の女性たちが社会を支配する上でのお決まりのパターン、手法であった。要は競走馬(我が子)のたずなをコントロールする騎手として、日本女性は、社会をコントロール、支配してきたのである。

「子供を産み育てる役割を女性に押しつけるのはいけない」という論調に日本女性が同調しているのは、彼女らが今まで築き上げてきた、「子供を通じた社会支配」という、彼女らによる日本社会支配手法の定石を自ら捨て去ろうとしている点、実は、日本女性にとってはマイナスであり、むしろ男性にとって、子供を女性の手から取り戻す機会が増える点、プラスであると言える。

ただ、日本男性にとって一番恐ろしいのは、日本女性が、従来の「我が子を通じた、社会の間接支配」に飽き足らず、自ら社会を「直接支配」する者になることを開始することである。従来の我が子を私物化することでの「我が子経由での社会支配」を維持しつつ、自分自身も、会社・官庁で昇進をして偉くなることで、「直接・間接」の両面で日本社会支配を完成させること、これが、本来なら日本のフェミニスト(女権拡張論者)の最終目標となるはずのものであり、日本男性としては、これが実現しないように最大限努力する必要がある。幸い、日本のフェミニストは、この最終目標にまだ気づいておらず、我が子を通じた間接(社会)支配権限を自ら捨て去ろうとしている。これは、日本男性にとって、女性から我が子を取り戻す絶好のチャンスである。

「子育ては女性がするもの」という固定観念は、日本女性による我が子の独占と、我が子を通じた社会の間接支配権限を助長する考え方であり、女性を利する点が多く、男性にはマイナスなのであるが、日本の男性は、そのことに気づかないまま、自分の母親の「自己実現の駒」として、会社での仕事にひたすら取り組み、それが「男らしい」と勘違いしている。

日本の男性は、もう少し、自分の子供に対する影響力を強化することに心を配るべきなのではないか?自分の子供に自分の価値観をきちんと伝えて、自分の後継者たらしめる努力をもっとしないと、いつまで経っても、子供は女性の私物のままである。そして、女性たちが、子供を自分にしっかりと手なずけつつ、自分自身、会社での昇進を本格化させると、心の奥底で、母性に依存したままの男性たちは、寄る辺もなく総崩れになってしまうであろう。そうならないように、自分と母親との関係を見直し、「母からの心理的卒業」と「子供をコントロールする力の確立」を果たすべきなのである。


2005 大塚いわお

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