日本男性はなぜ家事をしないか?

2005.10 大塚いわお


日本においても、近年、男女共働きの家庭が増えている。その際、女性の側から問題とされるのが、日本男性が家庭において、炊事、洗濯等の家事をほとんど手伝わず、職場に直行して仕事ばかりしているということである。

それでは、なぜ、日本男性は家事をほとんどしようとしないのであろうか?

筆者は、その答えは、実は、日本の女性側に原因があると考える。この場合、女性というのは、男性の母親や、専業主婦の妻を指す。

従来、日本においては、男性の母親は、自分自身では社会的出世を直接行わず、自分の息子を「自己実現の駒」として、学校、職場で、いい成績を取らせて出世、昇進させ、自分自身は彼らの管理者となることで、社会的に偉くなった息子の内側から、日本社会を間接的に支配してきたのである。

そのように、息子を、学校、職場でいい成績を取らせて、ひたすら出世、昇進の道を歩ませるには、息子の母親は、学校での勉強や、職場での仕事以外の、それらに差し支えるような家庭の様々な家事は、なるべく息子にさせず、自分が代わりに全てやってあげようとする。息子の方も、母親のそのような態度にいつの間にか慣らされて、自分は勉強、仕事だけやっていればいいんだ、その他のことは皆母や妻がやってくれるんだと思い込むようになる。

これが、日本において男性=母親の息子が、勉強、仕事以外の家事をしなくなる一番の原因であると言える。原因は、男性を社会的になるべく効率的に出世、昇進させようとする男性の母親の態度にあるのである。

この男性の母親の態度は、男性の(専業主婦の)妻にも引き継がれる。妻は、男性が社会的に出世、昇進して、偉くなり、それに伴って、自分の社会における扱いが例えば「社長夫人」とか言われるようになって向上したり、男性が出世するのに伴って収入が増えて、自分もよい暮らしができるようになることを望んでいる。

そこで、妻は、男性を、職場での仕事に専念させて、それ以外のことに神経を使わなくて済むように、仕事以外の家事は全て自分が賄うという姿勢を見せる。それが、男性に、「ああ、自分は家事をやらないでいいんだな、仕事だけしていればいいんだな」と思わせるのである。

最近は、日本の若い女性も、あまり家事をしなくなってきているという話がある。これも、娘の母親が、娘のことを「自己実現の駒」として、勉強、仕事に専念させ、家事は全部自分が代行する態度を見せているからに他ならない。この背景には、男女雇用機会均等法とかの導入で、女性も、職場で一生懸命仕事をすれば、男性と同じように出世できるとする、「女性による社会の直接支配」の道の整備が開始されたことと関係している。

今までは、娘は、自分自身は直接社会的出世を行わず、男性のもとに嫁いで、家事を全部やる代わりに、男性(夫や息子)を職場での仕事に専念させ、ひたすら男性(夫や息子)の尻を叩いて、出世させようとしてきた。言わば、夫や息子を経由した間接的な社会的出世を行っていたのである。それが、今度は、自分自身が直接出世する道が開けたため、今までのように、家事を女性ばかりする(男性がしない)のが急に不公平に見えるようになって、不満の声を上げているのが実態であろう。

この問題を解決するには、どうしたらいいか?それには、男性を「自己実現の駒」としてその尻を叩いて出世させようとする、言わば「社会の(男性を通じた)間接支配」をしようとする女性の数を減らすことが第一である。男性が勉強、仕事ばかりして、家事をしないのは、彼女らの態度が根本原因であるからだ。

そういう点で、「男性が家事をしないのは不公平だ」と非難の声を上げる女性たちの本当の敵は、実は男性ではなく、(男性を「自己実現の駒」として極限までこき使うために、家事を男性に代わって全て代行しようとする)男性たちの母親や、専業主婦指向の妻であると言える。そういう女性たちが減らない限り、職場での仕事指向の女性の(男性に対して)感じる不公平感はなくならないであろう。

要は、彼女たちに、男性を通さず、自分自身で、直接社会の中で偉くなるように方向転換させる必要がある。特に、男性の母親たち+専業主婦指向の妻たちをそういう「自己実現を男性に頼らず、自分自身で行う」方向に持っていく必要がある。

そのためには、そうした女性たちに、家事以外の、職場での仕事をこなしていくための能力を付与していくことが必要となる。要は、彼女たちに「職業訓練」をさせるのである。

ここで問題なのが、彼女たちが、家事以外には、余りこれといった職業的能力が身についていないことがあげられる。そこで考えられるのが、家事それ自身の職業化である。要は、各家庭において、家事の全面的なアウトソーシングを行い、家事の外部委託を大幅に増やすのである。その委託業務に、「家事のプロ」である彼女たちを投入するのである。要は、炊事、洗濯を外部社員が代行するようにし、その外部社員としての仕事を彼女たちが行うと言う訳である。

それも、家政婦として働く訳ではなく、炊事なら、食事を外部の大規模な給食会社センターで作って配達する。洗濯なら、洗濯物を各家庭に集配に来て、従来のドライクリーニング業と同様に工場で集中的に洗濯を行い、再び、各家庭に済んだ洗濯物を届けるというのを、大きな会社組織として分業して行うのである。そして、その会社の主要業務を、それらに慣れている女性たちに担わせるのである。そして、それらの会社で、彼女たち自身が、自ら(従来の男性同様)職場での仕事に専念して、昇進、出世競争を行うのである。

こうすることで、そもそも会社の仕事と、家庭の家事という分け方自体が消滅する(全て会社の仕事に一本化される)ので、従来の、「男性は家事をしないので、一方的に家事の負担が来る女性には不公平」という論調は成り立たなくなる。要は、従来の家庭における家事を、炊事、洗濯会社の職場での仕事として外部委託することで、「男性も女性も、(仕事以外で)家事をしなくて済む」ようにすればいいのである。

これは、子育ても同様であり、手間のかかる作業は、保育園、幼稚園によるアウトソーシングを積極的に活用することで、従来女性に負担が偏りがちだった作業を低減することができ、女性が職場での仕事に専念できるようになると考えられる。

男性にとっても、家事や育児をせずに、今までどおり職場での仕事に専念しても、何ら非難をされる筋合いがなくなることになり、「男は仕事」という価値観をそのまま維持することができるというメリットがある。もっとも「女は家庭」という価値観は放棄しないといけない。

あるいは、男性たちは、女性たち(母、専業主婦指向の妻)による「自己実現の駒」としての役割、プレッシャーから解放されることで、今までみたいに母、妻の(男性自身の社会的昇進に対する)期待という精神的重圧から解放され、より自由に精神的余裕を持って生きることができるようになるメリットもあると言える。


2005.10 大塚いわお

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