日本男性解放宣言

[注]●印の付いた文章が、宣言本文である。
 
宣言の内容は、具体的には、以下の通りとなる。


[宣言1]
1-1●その心をもっとドライにせよ。男性の本分たる乾いた空気を、自らの行動様式の中に取り戻せ。個人主義、自由主義、契約思想を体得せよ。親分子分や、先輩後輩関係に代表される、ウェットなベタベタした人間関係から脱却せよ。自分より大きなもの(会社組織など)に頼ろうとするな。

1-2●母親や身の回りの女性によって強いられた、集団主義、同調指向、権威主義、リスク回避のくびきから、自分自身を解き放て。

1-3●男性が強い欧米をモデルにするので構わないから、真の男らしさとは何かに一刻も早く気づけ。日本社会における、ドライ=真に男性的な価値の認知、すなわち、個人主義、自由主義、独創性の重視の実現を目指せ。

[解説1]
国民性(社会の雰囲気)という面からは、「日本的=(ウェット)=女性的」である。 日本男性は、「浪花節」に代表される相互一体感、集団主義や、「和合」に代表される相互同調・協調性、「先生」という呼称に代表される権威者を崇め奉る権威主義、冒険や失敗を恐れ、前例やしきたりを豊富に持つ年長者をむやみに重んじる年功序列(先輩後輩)関係を偏重してきたが、それらは本来ことごとく女性的・母性的な価値観に基づくものである。こうした価値観は、男性の生育過程で「母子癒着」関係にある母親の支配・影響下で自然と身に付いたものであり、その点、日本の男性は「母性の漬け物」と化している、と言える。

日本男性が、いかに女性によってウェットさを強いられて来たか、それは、集約的な稲作農耕社会という条件がもたらしたくびきであった。

日本社会では、工業化、都市化、能力主義の浸透により、徐々にウェットさから解放され、ドライ化が進む兆しが見える。この方向が今後も続けば、やがて日本男性は、女性(母性)の支配から解放されるだろう。 日本社会のドライ化に当たっては、社会における欧米化の風潮を追い風にすべきである。ただし、社会を欧米化すると言っても、従来のような欧米への一時的な権威主義的同調で終わらせてはならない。このまま欧米化が進めば、着実に、日本社会のドライ化=男性化が進む。


[宣言2]
2-1●自分が社会的弱者であることに気付け。自覚せよ。男尊女卑をはじめとする「日本=男性中心社会」の神話にだまされてはいけない。

[解説2]
「日本=男社会(男性中心社会)」という言説は、全てまやかしのものである。「男尊女卑」にしても、見かけだけの男性尊重であり、男性の強さである。実際の社会の実権は、女性(母性)に握られているのが現状である。こうした「日本=男性社会」神話は、日本女性による、本来のドライな男性らしさを一度骨抜きにした(男性をウェット化した)後で、自らの保身に役立つ「強い盾」、および収入を得るための「労働力」として、道具扱いしてこき使おうとする心の現れであり、これが日本女性の毒である。


[宣言3]
3-1●女性に生活を管理されるな。女性に身の回りのことを何でもやってもらおうとするな。蔑称「粗大ゴミ」「濡れ落ち葉」を脱却せよ。妻に生活面で頼ろうとするな。妻に家庭内管理職として君臨されないように、できるだけ生活面で自立せよ。

3-2●女性に家庭の外に出て働くように促せ。女性の、家庭における影響力をなくす(女性に支配されないようにする)には、外に出て働いてもらうのが一番である。専業主婦を望む既存の男性は、こうした点で、認識不足である。そのままでは、生活の根幹を女性に支配されてしまうからである。

3-3●女性、特に母親に甘えるな。依存しようとするな。妻を母親代わりにしようとするな。母親から自立せよ。

[解説3]
今まで、日本の男性は、家庭における生活の根幹を、女性(母、妻)の管理下に置かれて来た。家庭における家計管理、子供の教育といった主要機能は、女性(母)が独占している。その点、「日本の家庭=家父長制」というのは、実は見かけだけの現象に過ぎない。日本の男性の立場を向上させるには、この現状から脱却する必要がある。


[宣言4]
4-1●子育てに介入せよ。自分の行動様式・文化をもっと子供に伝えよ。自らの内に秘められたドライな男らしさをもっと出して。子供(特に男の子)を、ウェットに女々しくさせるな。育児権限を母親に独占させるな。女性が、子育ての役割や母性を放棄しようとしている、今こそがチャンスである!

[解説4]
日本の父(夫)は、大人へと育つ間に、母親(女性)によって、父性を殺されている。日本の父は、力不足で、密着する母と子の間に割り込めない。これは、母子一体性および父性殺しの再生産の原因になる。

日本の父親は、子育てを母親に任せっきりである。結果として、育児権限(育児機会)は母親が独占する。 父親は、母子関係に介入しない~できない。子供(特に息子)の人格のウェット化=女性化をもらたす。

このことは、日本男性の育児意欲を、子供のうちに削除し、日本男性の育児機会からの疎外を、世代間で再生産している。これは、子供の社会化において、子供の人格をウェットにするために、ドライな父性の影響を排除する仕組みが、社会的に出来上がっているためと考えられる。

夫婦関係が薄く、母子関係(母娘関係だけでなく、母-息子関係も)が濃いのは、父親を子供から遠ざける効果(父性隔離効果)を持っている。母子癒着は、母親による子供の独占支配の再生産である。こうした現状は、変えられなければならない。


[宣言5]
5-1●いばるな。男尊女卑から自由になれ。女に都合のよく作られた、盾として作られた強さを捨てよ。本当の強さは、個人主義、自由主義といったドライな態度を自分の力で獲得することにある。
日本社会の本当の支配者は、自分たち男性ではなく、女性であることに早く気付け。見かけにだまされてはいけない。

5-2●母親=姑に反逆せよ。伝統的な家風という前例に従うな、自分で作れ(創造せよ)。「家」に頼るな、家を出て自立せよ。そのためにも、夫婦別姓を積極的に考えるべきである(結婚相手を、自分のイエに巻き込むな。姑と嫁との権力争いに巻き込まれ、姑と嫁の両方から非難されるはめになるから。)。

5-3●家の財布を妻に取られるな。収入管理と支出用途決定は、夫婦対等の協同管理に持ち込め。


[解説5]
日本社会が、本当は女性優位、女性的な風土なのに、男性優位、男社会と言われる理由はなぜか?
そこには、3つの打ち崩されるべき壁・神話がある。
(1)男が威張る。男尊女卑。
(2)男中心の家族制度。父系相続。男性側は姓替わりをあまりしなくて済む。
(3)男が収入を得る。一家の大黒柱として君臨。

それぞれ現実は、
(1)実際は、女性によっておだてられて、単なる「(女性、母性を護衛する)強い盾」「(女性、母性に対して)給与を貢ぐ労働者」の役割を果たして喜んでいるだけに過ぎない。

(2)日本においては、家庭の実権は母・姑にあり、「粗大ゴミ」扱いされる男性にはない。 それなのに、女性がなぜ「日本の家庭は家父長制だ」と主張するかと言えば、女性は、自分たちが、前例指向的なものだから、家風という前例による支配の序列(姑→嫁)を否定できない。また、同性である姑には反抗できない。女性=嫁は、嫁いじめされる悔しさを夫に向けるので、夫が支配者ということで非難の対象になってしまう。

(3)男性はあくまで収入を家族にもたらすにとどまる。もたらされた収入を実際に管理して、歳出面での配分などの最終権限を握るのは、女性側である。男性側は、一方的に小遣い額を決められるのみである。男性は、「ワンコイン亭主(一日一枚のコイン分の小遣いを支給されるだけの存在)」という言葉に代表されるように単なる労働者であり、一方、女性は、家庭内管理職(大蔵大臣、厚生大臣..)として君臨する。

日本の男性は、女性に強いと持ち上げられて、自分が本当に強いと錯覚し、虚構の強い自分の姿に酔っている。女性も、自分が、男性に比べて弱いかのように錯覚している。ここから、日本フェミニズムの不幸な歴史が始まった。

日本の家庭は、実質的に女性の支配下にある。
男性は、家族制度のもとでの、父系であることの有利さ・気楽さの原因である、姓替わりをしなくて済む(最初から他家の家風を習得しなくてよい)ため、「家」と自分とを一体化しがちである。
家族が父系であることと、男性(父性)支配とを混同してはならない。父系制が多いのは、男が表に出て、女が奥に隠れた方が、女性の生物学的貴重性に対応するために便利だからである。この場合、自分の身の安全を男性によって保障される女性の方が、生物学的地位や価値としては、男性よりも上である。


(付記)日本男性解放論の目新しさ

以下の3つの命題の結びつきに今までの人は気がつかなかった。これに初めて気づいたのが、日本男性解放論である。

(1)日本社会は女性的である
(2)日本社会においては、女性が強い、優勢である
(3)日本社会においては、解放されるべきなのは男性である

上記の結びつきは、理屈から行って自然なはずであるが、「女性が、全世界共通に弱い、解放されるべき存在である」という既成概念に支配され、じゃまされて着想されなかった。

この既成概念は、男性の強い欧米やアラブのような遊牧系社会でのみ通用する概念のはずなのに、いつのまにか国際標準の概念となってしまい、そうした国際標準や権威といったものに弱い日本の学者が、何も考えずに強引に、(本来女性が強いはずの)日本社会に当てはめてしまった。

したがって、そうした既成概念から自由になることで初めて生れた、日本男性解放論は、学説として十分目新しい。


(付記)日本で男性解放論が広まらない理由

男性解放論が、今までの日本で注目されたり、歓迎されてこなかったのは、男性自身が、自分のことを強い者と思い込まされ、自己満足感に浸っているのを打ち壊すため、男性に不快感を与えるからである。
 
日本では、本来解放されるべき男性が現状に満足し、支配者である女性が現状に不満を持ち、「解放」を唱えている。

男性は、男尊女卑や結婚時の姓替わりなしといった表面的な優遇措置に満足している。 真の男性解放を実現するには、日本男性のこうした表面的な満足感を突き崩す必要がある。これが、上記の日本男性解放宣言の存在理由となる。



(c)2000.7-2003.7  大塚いわお


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