日本の教育システムの女性性

日本の教育システムのあり方は、総じてウェットであり、その点、女性的であると言える。
以下に、どのような点がウェット、女性的と言えるか例示してみたい。

1.日本における受験勉強とウェットさ、女性性

日本における受験勉強は、

(1)前例となる知識をひたすら要領よく詰め込む暗記型である。その点、前例指向的であり、ウェットである。
独自の創造性を伸ばすチャンスがない。
未知の分野へと、思考を拡大する機会を制限する。未知の領域は、何があるか(起きるか)分からず、怖いから、避けたいとする女性的な心理の現れである。

(2)問題を解くために、重箱の隅をつつくような細かい知識暗記を求められる。木目の粗い暗記しかできない男性よりも、細かい暗記のできる女性に適している。

(3)現役合格偏重である。試験における失敗(不合格)を許さない点、失敗を怖がる女性的な感じがする。

(4)学校に入るのが大変である。学校組織の持つ、外部から入ろうとする者に対する表面張力、すなわち、閉鎖性が大きい。
これは、学校組織が、内部での一体・同質性を重んじ、外部に対して門戸を閉ざす母性的な性質を持つことを意味する。
 

(5)学校名による選抜が主流である。
どの学校集団に所属するかが大事である。 受験合格学校名で、その人となりを判断する。
個人の属性ではなく、所属集団がどこであるかで、人となりを見る。その点、集団主義的であり、ウェットである。
 

(6)相対評価、偏差値を重視する。
集団の中の自分の位置を絶えず確かめようとする。他者との成績比較が根本にある。そこには、他人の目・恥の感覚がつきまとう。成績面で他者との牽制し合いをすることが標準であり、その点ウェットである。
 

2.日本の学校とウェットさ、女性性

教科書、制服など、みんなと一緒に揃えることが好まれる。画一・同質・悪平等指向が強い。これらはいずれも、ウェットであり、互いの一体感・同質性を好む女性向けである。
校則など、生徒を細かく束縛することが好きである。自由主義に反し、ウェットである。


以上の1.と2.において、ウェットとされた、集団主義、閉鎖性、前例指向などは、男性/女性のどちらの性格に近いかとアンケート調査で問うたところ、いずれも、女性らしい、女々しいとされる結果が出ている。
 


3.日本の学問風土

日本の学界は、学説面での欧米模倣と、独創性の欠如、権威主義の横行、流行へ同調する事への敏感さ、師弟間の家族的な上下関係といったキーワードにより特徴づけられる。

こうした特徴を生む根本原因は、自ら冒険をしようとしない、前例のない危ないことをしない、未踏分野に進んで足を踏み入れようとしない安全・保身への指向にあると考えられ、ことごとく女性的な(女性由来の)価値に基づくものである。

彼ら学者は、欧米学者が既に足を踏み入れた開拓地を、自分たちも欧米学者の後を追う形であわてて巡って、それで知的冒険をした気になっている。こういうのは、正確には知的探検などとは呼べない。



4.日本における学業の最終目的

日本では、学校での勉強が、知的好奇心を充足させるとか、社会の生活水準を向上させるのに役立つ知識を得るといった、本来の目的から逸脱して、中央官庁や大企業に将来就職する人員をふるいにかけて選別するための手段となってしまっている。

こうした日本の受験競争のもたらす教育上の歪みの根本的な原因は、最終的には新規学卒一括採用の際しか外部に対して採用の門戸を開こうとしない、中途で所属する社会集団を変更することを許さない、日本の中央官庁や大企業といった社会集団の持つ閉鎖性、純血指向性にあると考えられる。学生は事実上一生に一回しか、こうした社会的に大きな影響力を持つ組織に入れるチャンスがないので、そこでうまく希望の組織に入ることができるように、学歴や、学閥のようなコネの獲得に躍起となるのである。

日本の大規模な社会集団における、こうしたヨソ者を中へ入れようとしない閉鎖性がなぜ出てくるかと言えば、ヨソ者を自分たちとは異なる未知のしきたりに染まっている者だとして毛嫌いし、気心の知れた安全な身内だけで身辺を固めようとする安全・保身への指向が強いからと考えられ、これは、自己の保全を最優先する女性的な(女性由来の)価値に基づくと言える。



(c)2000.7-2003.8  大塚いわお

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