良心について

2008.09-2008.11 大塚いわお


1.良心は生得か後天的か?

良くないことをすると、後ろめたい気持ちになる。良心がある。
良心は生得か、後天か?

(説1)
後天的に、これはいけないことだと叱られて後から教わったから、良心の呵責を感じるのではないか?良心は生まれつきには存在しない。子供を叱らずに放任すると、つけあがってわがまま、良心の呵責を感じない人間になる。
他人からひどいこと(痛い、損した)をされると、心~身体に痛みを感じる、傷を負う。しかし自分が同じことをする(報復する)と、負の無限連鎖になることに気づく。自分はひどいことをしないようにしようと自制する。これが良心のもとになる。

(説2)
温室育ちで、他人からひどい目に合わないままでいると、他人を信用して疑わない、お人好しのお坊ちゃん、お嬢さんになる。
お人好しと良心は関係あるか?(1)関係ない。良心は、他人からひどい目にあわされる経験がない限り生まれない。(2)関係ある。周囲から温かい対応をされてきた人は、他人をよい人だと思い、根本的に信じる。そうした他者への根本的な信頼が、良心のもとになる。他者への根本的信頼は、最初は親子関係(親子の相互信頼)から生じる。親が子供に温かく、子供のためを思って接すると、他者への原信頼や共感が生まれ、良心の発達につながる。そうした良心の発生する素地というものは、もともと生得的に人間に用意されている。



他人をひどい目にあわせて他人が苦しむのを見ても、共感がなければ、何とも思わないままである。
良心には、他人との共感、感情の共有が必要である。他人にこういうことをすると他人はどう思うだろうかということを、自分の立場に置き換えて、立ち返って感じ取る能力が必要である。他人の立場に立って考える能力が必要である。共感する能力は、生得的か?


自制心、リミッターは、学習によって身につく。


2.脳活動監視ヘルメット、ヘアバンドと良心


現状では、人間の内心は、外からはうかがい知ることが難しい。
殺人や詐欺のようなどんな邪悪な意図を抱いていても、外観で素知らぬ顔をされると、この人は別に悪い人ではないように思えてしまう。
なので、どうしても人間は、見えないところで隠れて悪いことをしがちである。

そうした人間の内心を絶えず監視して、悪いことをしないように導く役割を果たすものとして人間が考え出したものが、いわゆる宗教における神の存在である。
神によって絶えず内心を見守られるように思いこむことで、自制心が働き、悪いことをしないようにしようと、外在的な、仮想の力ある存在に頼って、良心を維持しようとしてきたのが、今までの人間である。

しかし、神は、あくまで人間が仮想で作り出したご都合主義の産物で、実際に存在するわけではない。あくまで信心する限り有効な代物であり、科学の発達によって宗教心が薄まると、その効力は急激になくなると考えられる。そうなると、神という外部の監視者を失った人間は内心に良心を維持することがそのままでは難しくなると考えられる。

では、科学の時代になって、人間の内心を監視する、良心を維持するためのしくみとして何が考えられるだろうか?

一つ考えられるのが、人間の脳の特定箇所~全体の活動を読み取るMRI、脳血流パターン読み取り装置、神経回路の活動読み取り装置みたいな機械、ハードウェアの活用である。要するに、人間の脳の活動を監視するハードを極力小型化、省電力化して、軽いヘルメット、ヘアバンドで、太陽電池~軽量充電池ベースで、個人が、いつでもどこでも、寝ているときでも絶えず着用することを、人類に普遍的な法律で義務づけるのである。

脳活動測定、監視ヘルメット、ヘアバンドを着用することで、人間がある特定の考えを抱くと、その考えを抱いたことをチェックして、ヘルメットに装着されたランプ、ないし遠隔地のモニタに、その旨表示されることが可能となる。他人の心理状態がヘッドセットで無線経由でみれるようになるのである。

つまり、人間が、嘘をついたら、その嘘をついた時に脳の活動上現れる特異なサインを脳活動監視ヘルメットが読み取って、周囲にランプ、電波等で表示して知らせる、警告できるようにするのである。従来皮膚を測定していた嘘発見器を、脳活動を測定することで精度を向上させるのである。

あるいは、人殺しや詐欺のような邪悪で危険な考えの持ち主について、そうした邪悪な考えを持ったときに脳の活動上現れる特徴的なサイン、パターンを、ヘルメットが読み取って、周囲にこの人は悪い人ですよと公然と知らせることができるようにする。もちろん、インターネットや電話の向こうの取引相手にもその通知が正しく行くように、情報システムを構築、維持するのである。

あるいは、怒って興奮している心理状態の人の内心をヘルメットで検知して、この人に近づくと機嫌が悪くてひどい目に遭いますよ、とかが、周囲からランプや特定電波の発信でリモートで分かるようにするのである。

犯罪を人知れず犯して、素知らぬ顔をしている人の、ばれては困るという不安な内心をヘルメットで特別に感知して、この人は隠れて悪いことをしている犯罪者ですよ、とかが、周囲からリモートで分かるようにするのでもよい。ヘルメットの脳内監視情報と、GPSの位置情報と組み合わせて、悪いことをして隠したがっている人が、この町内にいますよとかが、周囲に分かるようにするのでもよい。


一方、人助けとか、平和な気持ちとか、よい考えの持ち主については、そうした良好な考えを持っていることを、脳活動から読み取って、この人は、危険人物ではありません、安心してくださいとか、良い考えの持ち主です、ということで、良心、善意ポイントがたまるようにして、たくさんたまったら人徳の高い聖者です、ということにしてもいいかも知れない。

要するに、脳活動監視ヘルメットが、脳内の心理状態を測定し、チェックすることで、人間の内心の監視者として機能し、人間に良心の発生を促すようになるのである。その点、従来の見張り役である神が要らなくなり、宗教も要らなくなる。脳科学の進展が、宗教を、神を克服できるのである。これは、一種の科学革命である。

ヘルメット装着を義務づけることにより、ヘルメットを装着していない人間自体、内心に悪意を抱いているのでそのままではヘルメットを装着できない危険人物だと、割り出すことも可能である。

むろん、プライバシーとの兼ね合いがある。個人の脳の活動の全てを洗いざらい外部にヘルメット経由で公開してしまうのは、プライバシーの侵害となる。自分の内心の考えが皆外部に漏れてしまうと考えて苦しむ統合失調症患者が抱える問題と同様の問題が、ヘルメット着用者に起きてしまうだろう。なので、少なくとも、当初は、個人が内心に悪意を抱いていることを外部通知する、摘発する機能に絞って、ヘルメットを製作した方がいいかも知れない。


2008 大塚いわお

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